2018年12月11日

ムードの練習2

短編のいいところは、何本でも書けることだ。

長編は一ヶ月(人やモノによっては年単位)かかるし、
短編なら5分でプロット、30分で執筆、
なんてことも可能だ。
「今日はプロットを出す日」と決めて、
「10本出るまで終わらない」とすれば、ストックは溜まり続ける。
(うち7割はゴミでも、上澄みの3割は使い物になる)

ムードの練習のつづき。
あるムードで作ったプロットを、別のムードで書けるか?
という実験。


たとえば。

「ほんわか日常ゆる系」で作ったプロットを、
「絶望的復讐劇」に仕立て上げることは可能か?
「綿密な計算の上の、シーソーゲーム」に仕上げることは可能か?

「驚愕のどんでん返し」で作ったプロットを、
「ハイテンションラブコメディ」に、
「ローテンションだるい系」に、
仕上げることは可能だろうか?

そのムードは適当に選びなさい。
なんなら数十個書き出して、
サイコロで選んだっていい。
(計算機を使った、簡単な乱数の作り方。
適当に10個の数字を叩いて、
√を3回くらいかけた、右から二番目の数字を取る。
サイコロはないが√のある計算機があるときに便利。
ちなみにアイフォンの計算機にはなかった…
六角形の鉛筆があれば昔懐かしのサイコロ鉛筆も可能)


さて。

「あるムード想定で書いたものを、
別のムードに転用して作り直す場合」と、
「何にでも使えそうな汎用プロットを、
あるムードに当てはめて進化させた場合」は、
どっちが面白くなるだろう?

もちろん、ネタや書き手や得意不得意にもよるだろうが、
一般的には後者の方がぬるくなるだろう。

何にでも当てはまるストーリーなんてない。
ストーリーというのは、
それしかない固有の物語に、
多くの人が感情移入することで成立する。
その固有性に、「何にでも当てはまる」は存在しない。


もちろん、前者にも当たり外れが激しい。
しかし、「何にもならない微妙」である後者に比べれば、
爆発力のある可能性が高い。
勿論外すときは大外れだ。


この、「自分が書いたときの」
当たり外れの感覚を掴むために、
この練習をするのである。

もちろん、手慣れてくれば、
得意な組み合わせなどが分かって来るだろう。
苦手な組み合わせなども分かって来るだろう。

だとしたら、
得意なものを伸ばして、
苦手なものを勉強すれば良いのだ。
名作をたくさん見るだけで、
「なるほどこうやっているのか」と、
他人の解を分析することが、
これらを経験していると出来るだろう。
これこそ、
「やる人間」側の視点なわけだ。


シナリオライターを目指す初心者の初心者は、
「まだ自分が何に向いてるとか分からなくて…」
なんて平気で言う。
そんなもん言えるのは最初の一年だけだ。
二年目になってもそんなこと言う奴は、
「え?一年間何やってたの?
自分で工夫してないの?」
と言われて捨てられるだけだ。

自分で自分を知らない奴が、
自分が何が出来るかわかるはずがない。

たとえばプロットを書くときは、
「自分がこう書ける」という確信があるから、
それを大づかみで書けるわけだ。

自分の能力もわからない奴がプロットなんて書けるわけがない。
どうせプロットしか書いたことないんだろうし。


そういう意味で、短編を100本書くというのは、
一本も発表することなくても、
練習になる。

僕はCMの企画をたくさんたくさん書くことで、
それを学んだ。
なんと言ってもオチとネタの勝負を、
一年で段ボールいっぱいは書くのだ。
同じネタの使い回しは、流行の早いCMでは使えない。
他のパクリはすぐばれる。
オリジナルをずっと作り続けなければならない。

一回の企画で、だいたい30案は考えていた。
最近は年取ったので、5とか3案くらいかなあ。
使い物にならない率が、経験を積むと0になるのでね。


こうやって、サイクルを死ぬほど回して進化しやすいので、
短編はオススメだ。
長編を3本書く間に、
短編なら300本はつくれるだろ。
それだけのネタとオチに慣れれば、
長編だって取り回し易くなるというものだ。


ムードを一つしか持ってない奴はここで脱落するだろう。
もっと色々出来る奴が、
最終的に「七色の感情のジェットコースター」を書けるだろう。
posted by おおおかとしひこ at 12:42| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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