2018年12月30日

谷が浅ければ山も低い(「ワンダー/君は太陽」評)

ツタヤが激推ししたので借りてみた。
激推しでなければ、そこそこの佳作なのになあ。

以下ネタバレで。


ゴラム並みのCG(特殊メイクとの組み合わせだろう)は、
全編に渡っているのが、
時代が変わったなあと思う。

昔だったらずっとヘルメットを被って、
ここぞというときしか素顔を見せないキャラクターになるだろうに。

だから、
「ヘルメットを脱ぐ」がクライマックスになるだろうことを予測していた僕は、
割と肩透かしを食った。

逆に、
ほほう、ヘルメットを脱いだその後がメインか、
と、少し期待しすぎてしまったかもしれない。


これがアニメならば、
もうちょっと滅茶苦茶出来たかも知れない。

醜い顔の寓話性は、
実写よりも特徴を強調するアニメの方が向くのかも。

せっかく劇的要素になるかもしれなかった、
親友との仲直りが、
マインクラフトでのチャットというのは、
全然面白くなかったなあ。

キーを叩いてモニタを見て喜ぶなんて、
クソみたいにCMで見てる絵だから、
全く新しくない。

むしろ、
そんな表面上の付き合いしかない日常に嫌気がさして、
肉体と肉体のぶつかり合いである映画に、
我々は救いを求めると思う。

それがいつものCM風かよ、
という冷めがあった。

見たことのない、新しい仲直りの仕方だったら、
それがこの映画のハイライトになるのになあ。
つまんねえの。


いじめっ子の退場も詰まらなかった。
校長の見せ場にはなってるけど、
ここから彼が家出してでも親を離れて学校に戻ってきて、
たとえばオーギーの家に住む、
なんて展開があっても良かったのに。

(あるいは林間学校に現れ、
「俺のパパは教育委員会に知り合いがいるんだ!」
と天丼の伝家の宝刀で黙らせても良かったかもね)
湖で石を投げるあの場面には、
男たちは全員揃っていたかったね。

つまり、
この映画のクライマックスが、
野外上映を抜けているときの、
他校とのケンカなんだよね。

オーギーの最大の冒険が、
立ちションしてファイティングポーズを取ったこと。
たったこれだけなんだ。

ヘルメットを脱ぐ方がよっぽどの冒険で、
ピークが第一幕になってしまっている。



谷が浅ければ山も低い。

これは、
「顔が醜い子供の話」ではない。
「弱点を抱えた全ての人が、
それを認めたままどう他人と付き合っていくかを、
『顔が醜い子供』をモチーフとして、
語ったもの」
であるべきだ。

それにしては、事件と事件の繋がりが浅く、
ただ時計が進んでいただけだ。
(卒業式、いるかなあ)

ジュリアロバーツがシワシワのババアになりつつあり、
80年代の洋画の常連だったことから隔世の感があるねえ。


ラストカット、
宇宙飛行士の格好で終わるべきだったかな?

「宇宙飛行士は大好きだけど、
ヘルメットはもういらないと思う。
だって顔が見えないんだもの。
僕は月に行くときまでに、
顔の見えるヘルメットを発明するよ。
だって月に行ったのが僕だってわからないだろ?」
というラストに、
なるべきじゃなかったかな。



校長の、
「オーギーは見た目を変えられない。
我々の見る目を変えるべきだ」
というのは、
すごくいいセリフでした。


似たような映画に、
「マイライフアズアドッグ」がある。
ライカ犬が、宇宙飛行士の代わりの役割の映画。
ラストは一発ネタだけど、
これによってこの映画は「ワンダー」を上回る。
posted by おおおかとしひこ at 16:32| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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