難しいのは、感情移入と、焦点の誘導を、
同時にしなければならないことだ。
物語の序盤は難しい。
興味のある事件を起こし、
これがこの先どうなるだろう、
という興味を起こさなければならない。
いわゆるツカミで、
英語ではインサイトインシデントという。
「興味の湧く事件」などと訳されることもある。
その焦点を発生させたら、
それがどういうものなのか、
まだ全貌は見せないものの、
情報を小出しにしながら、
すこしずつ興味を深くしていくものだ。
焦点の誘導だ。
米をちょっとずつ蒔いて、鳥をおびき寄せるようなものである。
で、同時にしなければいけないことは、
それを体験している主人公への感情移入だ。
最初は、
「その奇妙な状況に巻き込まれた人」として、
ただの人としていればいいのだが、
そのうち、10分や15分もすると、
その人がどんな人なのか、
わかりたくなるのが人間というものだ。
部長がいる。それは分った。
そのうち、その部長がどんな人なのか、
わからないと、その先に進めないというか、
そういう感じ。
恋人がいる。それは分った。
取引先がいる。それは分った。
敵がいる。それは分った。
以下、同様だ。
その中でも主人公は特別で、
それらの登場人物の中で、
もっとも感情移入するべき人物である。
(もし他の人物に肩入れしてしまうなら、
その人物を主人公にするべきかもしれない。
その人物の魅力を下げるのではなく、
それ以上に主人公を魅力的にしていくのが、
ほんとうはやるべきことだ。
たとえば「幽遊白書」では、飛影と蔵馬のほうが、
幽助や桑原より魅力的になってしまい、
幽助が逆転することはなかった。
雷禅なんて要素をいれてもなお、
幽助の魅力は出なかった。
飛影と蔵馬のスピンオフなんてつくれば、
もう少し延命できたかもしれないね。
あ、それが同人誌か)
主人公に感情移入させるのは、
初手がベストだが、
物語の序盤では焦点の発生と、
それを追わせることをやらなければいけないため、
両者を同時に行うのは難しい。
しかも、ここがどういう世界なのか、
などの状況説明を上手にさばくことも要求される。
そのみっつを同時にやっても混乱するだけなので、
物語によって、
その優先順位は、
異なるということである。
第一ターニングポイントに至るまで、
主人公に感情移入できないものもあるかもしれない。
あるいは、ほんとうに感情移入して、
この人の成功するところを見てみたい、
と心から思うのは、
中盤の前半あたりかもしれない。
それくらい、感情移入というのは時間がかかる。
経験上、
「ひとつのこと」で感情移入は完全には起こらない。
人を好きになるときのことを思い出すとよいだろう。
興味は湧いても、一発で人を好きになることはそんなにはない。
何回も、いいところや悪い所をみながら、
徐々に好きになっていくと思われる。
ただいい所を羅列しても好きになるわけでもない。
駄目な所や欠点も見ながら、
総合的に好きになっていくものだ。
ということで、感情移入は、
なかなか時間がかかる。
インサイトインシデントと焦点の発生は、
ワンシーンあれば到達できるが、
感情移入は難しい。
一目ぼれはその例外だが、全ての人が一目ぼれするシーンをあなたが毎回書ければ問題ない。
(ガッキーが演じるとか、キャストに頼るのは失敗する。
それは多くの詰まらない、豪華出演陣のドラマなどをみれば明らかだろう。
キャストが悪いのではない。
脚本が悪いのだ)
と、いうことで、
感情移入を、あなたは計画的にやる。
最初に、
興味のあるシチュエーションからはじめて、
それに焦点を合わせつつ、
その真っただ中にいる主人公に対して、
感情移入の材料をひとつずつ蒔いていく。
それらが前半の折り返し点に達したときに、
好きになっているように、計算するべきだ。
「スプリット」の削除シーンの話にまたもどるが、
主人公の女子高生への感情移入のシーンが、
冒頭のパーティーのシーンで撮影されている。
目立たない椅子に座っているが、
ウェイターから「そこは邪魔だ」と言われ、
椅子を移動して、だんだん窓際に寄って行って、
結果孤立する場面だ。
なかなかいいと思ったが、弱いと思った。
これを挟むくらいなら、なくてもそんなに関係ないかもなあ、
と、完成したバージョンを見て思う。
完成版では、
「あの子までパーティーに呼ばなくても」
と女の子たちが噂して、窓際にひとりたたずむ主人公を眺めることになっている。
孤立した子と友達が父の車で送られることになり、
微妙な空気になったところで異変が起こる、
という冒頭のインサイトインシデントは秀逸で、
これを邪魔しない為に、
感情移入の部分を削除したのだなあ、
なんて思った。
しかし、その後、主人公の女子高生に感情移入するシーンがほとんどなく、
(冷静で子供人格を手なづける、という面白い部分はあるものの)
馬鹿な女子と賢い女子との対比しかなかったのは、
感情移入という面では不合格のような感覚だ。
もっとも、スプリットは、主人公への感情移入というより、
ジェームスマカヴォイのすごい芝居がメインの映画なので、
そこを切ったのは、総合的にはよい判断だと思われる。
しかし、そこを切るならば、
その後監禁された部屋で、
主人公に感情移入するような何かしらのエピソードがあったら、
もっとよかったなあと思われる。
あるいは、脚本時点で、もっといい感情移入のシーンを、
噂話やウェイターではなく、
ほんの2、3の会話で表現できる何かがあれば、
最高だったかもしれない。
理想をいうのは簡単だ。
しかし何が理想か分析することで、
次のあなたのシナリオが、
何を達成しなければならないかを、
自分に課すことが出来るのだ。
「あれは出来ていない、これは出来ている、
じゃあするべきことはあれだ」
と自己判断できるようになるには、
多くの反省をする必要があり、
すべての映画は、反省会をすることが出来る。
ということで、
物語の序盤は、
焦点を維持し、引き込みながら、
同時に感情移入の導火線を作っておかなければならない。
とても難しいが、やるべきことだ。
2019年02月02日
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