2019年03月13日

フロー理論のこと

ゲームの設計における話だけど、
以下の記事がとても興味深かった。

「なぜ作ったゲームが面白くならないのか?基礎にして奥義「フロー理論」」
https://note.mu/kaerusanu/n/nc80f9523bb8e



快感原則についてのことで、
とくに「ゲームとは、学習を娯楽化したもの」
という慧眼は面白かった。

で、当然のことだけど、これはストーリーにおいも当てはまる。
なぜならば、
結局ストーリーとは、
「課題の解決」に他ならないからだ。

明確な目的の設定、
それが成功したときにどうなるか予測できること、
などは、
プレイヤーがやる代わりに、
主人公がやることであり、
ストーリーを楽しむということは、
つまりは観客は、「もし主人公だったらどうするだろう」と、
想像しながら見ているからで、
そのとき、観客と主人公は同一化する。

仮に、ストーリーでなくても、
たとえばゲーム実況でも同様かも知れないね。
主体的操作のありなしは関係なく、
課題解決、という文脈が、大事だということになる。

受動的にせよ、能動的にせよ、
一体化している場合は同じだと思う。

適切な難易度と、明確な目的と、
それがどうなったらどうなるか、予測できることが、
体験において重要だと思う。

逆にそうでなければ、
それは体験として面白くない=良く分らない、
ということだと考える。


僕がなんとなくわかっていた無意識的な部分が、
言葉になっていて、興味深かった。

そこにリンクされている他の記事、
「なぜゲーム作りをまるごと理解できる人が増えないのか?」
https://note.mu/kaerusanu/n/ne24047a8e8aa
も、組織論として、
現在若きディレクターたちが置かれている現状とうりふたつで、興味深い。
まあ日本全体が、こういう老害に苦しんでいるのだろうが。
posted by おおおかとしひこ at 14:20| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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