2019年04月12日

ネット時代の創作

2ちゃんの全盛期は電車男があった。
これまでのつくりごとは、
リアルタイム性や、リアルさがなかった。
しかし電車男はリアルな、リアルタイム性があった。
相談してみんなで解決するという、
双方向性も新しかった。

ツイッターでみた、「高橋陽平を救う会」の話。
https://mobile.twitter.com/k_kmh4/status/1115619375753510912
とても面白かった。

以下解説。
脚本的解説:


冒頭:
「高橋陽平を救う会」とメルカリとの組み合わせが興味をひく。
どういうことだ?と謎を振るのは常套だ。
これがヤバイというのは、
ネットにおける決まり文句。
「ざっくり話します」で、
とりあえず見てみようか、
とクリックさせることに成功している。

設定:
高橋陽平の家庭の異常さ、
四国と東京を結ぶ感じ、
姉の家出、
「16以降に定期的に連絡を入れれば失踪にはならない」
という条件。
最初の謎はここで解け、
あとは金だけ、
という明確な目標で、センタークエスチョンが確定する。
うまい。

展開:
これを知ったら興味を失った、
というのが上手。
高橋陽平を救う会の出落ちだった、ってことになる。
この話はこの出落ちをどんでんでひっくり返す。
翔のいじめを陽平が刺した四国の事件を知る、
というぞくりとするところ。
いいどんでん返しだ。
「実は作り話だったのでは。
それを信じてしまった自分はなんだ」
という素晴らしいどんでん。

結末:
そしてこれまでの話が全部作り話でした、
という二重のどんでん返し。
テーマ「ツイッターで安易に同調しないこと」
で締められる。
テーマに落ちた話である。


つまりこの話は、
脚本的構造をきちんと持っている。

偽のゴール「15万円を貯める」を設定しておいて、
それをどんでん返しにするということは、
この作者は物語の構造に長けた人物であることがわかる。
しかも二回どんでん返しするという、
非常に面白い構造。
現代の羅生門というべき構造だ。


ツィッターの出現によって、
すべてが主観になってしまった。
そしてその主観に同調し、主観が伝播する、
という中世に戻ってしまった。
科学的考察や、状況を整理して考えること、
という客観的思考が消失したかのような感がある。

それらを俯瞰した上で、
主観メディアを使ってそれを物語に仕立て上げた、
この作者のしたたかさよ。
素晴らしい。

そして、このような才能あるストーリーテラーが、
全く儲からなくなってしまったことが、
才能を金に変えられなくなった、
現代性を象徴していて、
この構造自身も皮肉になっているという構図。


ツイッターの発達によって、
物語が三人称を失い、
一人称になってしまった。
そうとも言えるかもね。
posted by おおおかとしひこ at 09:52| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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