自作キーボードのほうで面白い話があって、
「半田付けがある程度の壁になって、
民度が一定に保たれている
(へんな輩が来なくて相手しなくていい)」
の発言は面白いと思った。
脚本も同じで、書く人と書かない人は大きく違う。
ここは書く人のための議論だと思っている。
シンゴジラやファイアパンチを、
書く人の為に批評することで、
脚本構造を腑分けしようとしたら、
おそらくは書かない人にひっかかり、
相手をすることになった。
正直にいうと面倒なんだよね。
話が通じないから。
ただ、「どこが通じないのか」を知ることが大事で、
通じない部分こそが、
書く人と書かない人をわける壁なのだと、
試しながらやりとりしていた感はある。
僕は昔から書く人だったから、
書かない人、書けない人の気持ちは分からない。
ただ、自転車には最初から乗れなかったから、
出来ない人の気持ちややろうとも思わない気持ち、
出来る人を羨ましく思う気持ち、
そして出来るようになった時の気持ちは知っている。
とにかく「おわり」まで書けばいいのに。
つまんないに決まってるんだよ。
最初に書いた話なんて。
最初に半田付けしたmeishiは、半田がメタメタで、
それが悪いとすらやってた時は分からなかった。
(今直すことは出来るけど、当時の記録として、
あえてそのままにしてある)
最初に自転車に乗った時の走行なんて、
フラフラで交通ルール知らなくて、
多分めちゃくちゃだったと思うのさ。
それから転んだりぶつかったり、
怒られたり怒ったりして、
次第に紳士の乗り方になってきたはずだ。
書かない人は、その経験を積めないのさ。
書けない人は、一回書いたら終わりだと思っている。
それは幻想だ。
自転車に乗って50メートル走っておわりじゃない。
そこから一生走るんだ。
書くことも同じで、
とりあえず「おわり」まで書き、
自分的な満足を得ることで終わりではない。
一生、何本も何本も「おわり」まで書くことになる。
僕は短編を数書けと口酸っぱくいうのは、
何本も何本も書くことで、
何回も、オープニングやエンディングや、
クライマックスやターニングポイントを書くことで、
ストーリーテリングそのものに慣れろ、
観客を操作することに慣れろ、
客観的な視座に立ちつつ砂かぶりにいることに慣れろ、
ということを言おうとしている。
ここのブログを始めたのは、
昔の俺のような人が勉強する場がないから、
と思って始めたのだが、
最近は「自分のわかったこと」の記録の意味もあって、
最新の何かを書くことも増えてきた。
それでも読者は減らないので、
それなりに意義はあるのかもしれない。
(配列と自作キーボードが多いのはすいません。
しかし今映画よりそっちの方がホットかもね)
で、
参入障壁のあるようなジャンルは、
それを超えてまでやろうとする人しかいないので、
熱量が違うんだよね。
書かない人の書くストーリー論なんてスカスカで、
すぐに熱が冷めてしまう。
僕はたまにしつこいと言われるくらい、
ストーリーについて舐め回すように議論するが、
それは熱量が全然違うからなんだ。
建築家と建物好きの差に似ているかも知れない。
プロのボーカルとカラオケ好きの差かも知れない。
ある程度自分でやってきたことがあるから、
分かることがある。
勿論好きでやってきたことだけど、
100%好きで楽しかったわけじゃなくて、
99%は辛いことしかない。
しかし残りの1%の喜びが、99%の苦労を全部吹き飛ばし、
人生でこれ以上ないお釣りを持ってきてくれるから、
みんなそれをやっている。
それは、ストーリーでいうと、
「おわり」まで書かないと分からないことなのだ。
さっさと童貞は捨てて、やりちんになろう。
ここはやりちんが女の攻略を語る場と、
そう変わらない。
短編を含めて何百本も書いてきた僕は、
やりちんサイドだ。
日本一のやりちんではないだろうが。
さて。
15分のシナリオなんて、
一日で考えて、一日で書けると思うよ。
3本とか5本とかも書けると思うよ。
それくらいスルスル書けるようになるには、
やっぱり数をやらないとダメなんだよね。
スルスル書く道具として、
現行のキーボードとキー配列は劣悪な道具だと考える。
薙刀式についてきてない人は、万年筆を買いなさい。
(ぼくの勧めるぺんてる中性ボールペン青でもよし)
手書きでざーっと書いて、それをフィニッシュと考えず、
手書きで直しなさい。
真っ黒になってきたら、それを文字打ちして(初めてデジタル)、
印刷して、
それをまた手書きで直しなさい。
三回ループすれば、ましな原稿になってくる。
思考の速度にデジタルは追いつけない。
手で書くことを速くしなさい。
続け字、崩し字し放題だ。
誰にも見せない字でいいんだから、1500字/10分で書けるはずだ。
つまり話が出来てれば、
40分あれば15分のシナリオが手書きで書けるよ。
実際には詰まり詰まりだから、
一時間から二時間の間だろうけど。
それくらい手を速くしないと、
シナリオなんて書けないんだよね。
まずその参入障壁が、書くことにはある。
書くことは、思考を鍛え、手を鍛えないと出来ない。
書道は有効だ。
続け字の大元を知ることができる。
筆順で書く文字はあとで解読しやすい。
悪筆は作家の敵だ。
フォームが悪いピッチャーと同じだ。
書道をやるのは、作家への近道かもしれない。
もちろん、実際の原稿は汚くて構わない。
速く書けて、つまり思考が蒸発するより先に書けて、
なおかつ最終的に面白ければ問題ない。
2019年04月22日
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