2019年05月11日

ヒーロー集結の意味(「アベンジャーズ エンドゲーム」評2)

「Avengers assemble」の意味。
assemble: 集める、召集する、組み立てるの意味。

つまりおれら世代的にいうと、
「ガッチャマン、トゥギャザー!」だ。

以下ネタバレ。


ラスボスを前にして、
ヒーローたちが集結する様は、
最も燃えなければならない。

ほとんど同じ構図の
(しかもほとんどCGということも同じの)、
「レディプレーヤーワン」と比較しよう。

レディプレーヤーワンのそれは、
寒かった。
ガンダムが出てきてちょっとワクワクしたけど、
全然わかっとらん演出で冷めまくった。
ビジュアルだけのガンダムハンマーなんかいらんから、
「どうせあと何発かしかないんだ」と、
ライフルを捨ててサーベルを抜いてほしかった。

で。

レディプレーヤーワンと、
今回の、
「ヒーロー大集合ラスボス軍団との大激突」は、
何が違うのだろうか?


はい、物語に最も大事なもの。


動機だ。



アイアンマンやキャプテンには、
戦う理由がある。

父親と話して、言えなかった言葉を言えたこと。
愛する女が働く様を、暗い部屋から間近で見れたこと。
この二つの場面で号泣だ。

二人とも二度と会えないはずの人と会えて、
戦う理由を思い出したはずだ。
だから二人は命を賭けるんだ。

僕はアントマンやブラックパンサーは未見なので、
彼らの戦う理由は分からない。
沢山のキャラたちの戦う理由は、
もう忘れてるのも多い。
バッキーとかなんだっけ。
多分知ってれば知ってるほど、
あの集結の場面は燃えるだろう。

全員に戦う理由が明確にある。
ブラックウィドウの死は二人の男を奮い立たせる。

その最高潮での、
「Avengers assemble」は、
男が泣かないはずがない。


一方、レディプレーヤーワンのそれは、
ペラッペラだ。
CGだからペラペラか?
違う。
レディプレーヤーワンのキャラたちは、
全部借物だからだ。

彼らに戦う理由なんてない。
ただのゲームだ。
しかもオリジナルじゃなくて、
版権を金で買ってきたものだ。

他人の褌vs心底戦う意思を持つものたち。

恐ろしく対比的だ。



父と愛する女。
ベラベラ喋るのと、気づかれずにすぐそばで見ること。
その対比的なところもキャラクターが出ていて最高だった。
こういうところ、アメリカの脚本はいつも凄い。
これがストーリーの力だ。

ほとんど構図もカメラワークも似たような、
二つの映画の一場面。

絵が興奮を呼ぶのではない。
絵に込められた意味に、私たちは興奮する。

それが映画だ。

死ねレディプレーヤーワン。
posted by おおおかとしひこ at 00:35| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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