2019年06月01日

【脚本添削スペシャル2019】11: 他の角度から見る

さらに粘って考えます。

テーマ、構成、動機、プロット、
結末、展開、旅に出る部分、危機
などの多角度から見てきました。

地上に降りて、メインキャラクターの目線から考えておきます。
主人公はよいとして、
気になっているのは、「綾の視点から見たこのストーリー」です。


綾は、30手前だとして、
未来をどうかんがえているのでしょうか。

30だから結婚に焦っているのか、
手に職があるから、男を食わしてやると思っているのか。
夢に向かう男を食わしてやることに酔っているのか、
それとも醒めて「バカだなあ」と思っているのか。

最初の作品には感動したけど、
最近の没ばかり喰らっている作品については、
どう思っているのか。

人間を捕らえるには、
過去、現在、未来(そうしたい、そうしようと思っていること)
を作ってあげるとよいでしょう。

それが誰かと同じであったり、
異なることがあるのが人間です。
それらを調整したり、調整を諦めることが、
コンフリクトの正体です。

自己認識があったり、他人に言われて初めてそうなのか、
と気づいたりするのが人間です。

そうしたことが、綾にあったとは思えません。
平板的なキャラクターでした。
彼女をより人間的にするために、
色々つくったほうがいいと思います。
ラブストーリーを描くことにしたから、
主人公と同等に、人間的である必要があるでしょう。


ふたつの条件があります。

1 要素が矛盾しないこと
2 それがドラマに絡んでくること


1はまあ理解出来るでしょう。
矛盾があったら人間として破綻するからです。
ラーメンが好きなキャラクターが、
ラーメンが食べられない行動を取ることはありません。

また、完全に矛盾していない、
ということも、人間としては魅力が欠けることも、
理解出来るでしょう。
ちょっとは矛盾があるほうが、揺れが生じて、
ドラマのきっかけにはなりやすいと思います。
ロボットのドラマではない限り、
ちょっとした矛盾や揺れは、スパイスになるので、
完全に矛盾がないように細かくチェックすることは、
あまり意味がないです。

しかし、作者もよく考えていないことを、
「あえてそうしたのだ」という言い訳で矛盾を放置することは、
許されないでしょう。
無矛盾と揺れは、上手に設計できるはずです。
それは普段、
「人間はどのように矛盾を抱え、かつ矛盾なく暮らしているか」
という観察が重要だと考えます。


2に関しては、
そうして作ったキャラクター設計が、
本編のドラマに使われない限り、それは設定するだけ意味がない、
ということです。

「使わなかった設定」というのがよくあります。
そんなのに価値はないのです。
本編に現れたことが全てです。
また、本編内で設定しておきながら使っていないものは、
それも存在意味がありません。
仮にラーメンが好きな設定があったら、
本編中に、ラーメンが食べられないことで起こるドラマがあったり、
ラーメンが動機になる行動がないと、
ラーメン設定などなくてもストーリーが成立するはずです。

設定とドラマは、表裏一体です。
使わない設定は邪魔だし、設定したら消費するべきです。

1と2を同時に満たすものを作ることが、
ほんとうの人物設定です。
ただ設定表だけつくって満足しているのは、
ただの中二のノートです。(例:FSS)


綾は現在の宙に浮いた同棲生活についてどう思っているのか。
30の節目に来て、どうしようと思っているのか。
仮に漫画家としてデビューできなかったとしたら、
この関係をどうするつもりか。
どれくらい恋に盲目になっているのか。
夜勤や日勤と一定しない勤務体制と、
漫画家という組み合わせについてどう思っているか。
看護婦をするうえで悩んでいることはあるのか。
患者の死を看取ったことはあるのか。
看護婦の友達はいるのか。合コンとかしたことは。
看護婦の友達は、死を看取ったことがあるのか。

こうしたことを、思いつく限り考えて置くとよいでしょう。
そうすると、セリフの端々に、こうしたこと前提のものがでてくるはずです。
たとえば、
「別に30なんか関係ないよ。いまどき」という手もあれば、
「30前に結婚はしたかった。それもあと二週間しかない」という手もあります。
考えていることによって、発言や行動や判断が変わってくるはずです。

今日の夜勤で患者さんが亡くなり、
漫画家をやめるかどうかを聞く余裕がないかもしれない。
あるいは、逆に慣れているから、亡くなったことでは動揺しないけど、
漫画家をやめることには動揺するかもしれない。

そうしたことで、ストーリーのバリエーションはどんどん変わってきます。

1の矛盾のないキャラクターが作れても、
2のストーリーに使えるようでないと意味がありません。

キャラクターがストーリーに出演するのではなく、
ストーリーをキャラクターが作るように、
キャラクターを作るのです。
ストーリーとキャラクターは、どっちが先に生まれるものでもないと僕は考えています。

つまり、最初にキャラクター設定表をつくることには、
まったく意味がないのです。
設定とストーリーは、同時に出来るのですから。


色々考えましたが、
何を使ってどう語るかは、
実際に原稿に向かうことで考えないといけない。
プロット段階では大体構成が出来ていても、
実際にキャラクターを動かす段階になって、
まったく話が進みにくいのは、
キャラクターのそういった部分が出来ていないからだと考えます。


もとの原稿では、
そこまで考えられて造形がされているとは思えませんでした。
だから通り一遍のヒロイン像にしかなっていないのでしょう。
人間の像を彫り込めば、
勝手にオリジナルなキャラクターになっていくはずです。

オリジナルなキャラクターならではでの、
オリジナルな話にどんどんなっていくはずです。


たかが15分の原稿ですが、
かなり「こう考えて準備する」という例を見せられたと思います。
posted by おおおかとしひこ at 16:00| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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