2019年06月03日

【脚本添削スペシャル2019】13: 大枠の解説

毎回言っていますが、添削(というかリライト)は、
僕がやった一つの例に過ぎません。
今回はこう思った、という方向性も違うかもしれないし、
違うことを思いついたら違う添削をするかもしれないし、
違う人がやれば以下同です。
あくまで、一つの例です。

もっとよくなる方法もあるかもしれない。
今回はとくに人の機微に触れる部分が多いので、
作家性が強く出る部分で、ほかの人がやれば全然違うでしょう。
なにが正解かはわからないけど、読後感がすべてを語ると思います。


テーマはなんでしょう。
「凝り固まったパターンを打破しようとすることの大切さ」
でしょうかね。
ログラインは。
「没になり続けている漫画家志望が、
自分はパターンに陥っていたと気づき、
再び人生を始めようとする話」
とでもしておきますか。

渇きや欠乏Aは「没になり続けていること」、
異物との出会いBは「パターン破り」、
行動Cは「やめようとしてることをやめること」ですかね。

ログラインとテーマは表裏一体で、
ログラインをみた段階でテーマへの構造を想像出来るようでなければならず、
また、テーマはログラインのさらなる抽出であるべきだと考えます。
本編がそれに応じて整理されているべきだとも考えます。

なかなか一発では無理でしょうが、
何回もやっているうちに、整理出来るようになってくるはずです。
今回、完成原稿にたどり着くまでに、
綿密なシミュレーションをしてきましたが、
これらは全部「整える」ためにあります。
雑多なものが、形をもって、ストーリーの形をなすようになるまで、
ごりごりと練っていたのでした。

コメントでも返した通り、
これらは特定の作業順があるわけではありません。
作業テンプレに放り込んで、
「最初に〇〇をつくり、次に〇〇をつくり、
アレとアレを組み合わせると、ストーリーが出来る」
というようなテンプレがあることを我々は期待しますが、
「ない」と僕は断言します。
なぜなら、毎回僕らの作る話は違うものだからです。
また、「いままでなかったものを作る」からです。
なかったものをつくる、効率的な製法はありません。
一回作れたものなら次回から効率化できますが、
それは単なる再生産というものです。

しかし、数をこなすことである程度慣れはあります。
海外旅行のトランクに何を詰めるか、
大体慣れてくることに似ていると思います。

アレが足りない、ソレが足りない、
コレで足りるんじゃないだろうか、
未来の俺が困るから、あらかじめこれは準備しておこうか、
あれはまあなんとかその場でアドリブで出来るだろうから、
ノー準備でもいいか、
などという僕の思考を、今回語ってきたので、
参考になるかもしれません。

この通りやってもあなたのやり方には合わないかもしれないし、
あなたの書く次の話に使えるかもわかりません。
しかし一般的な用語を用いて、
分かりやすく各方面を掘ったつもりです。


父が漫画を描いているのは、
このストーリーでは生かすことも出来ると思いましたが、
やめて、饅頭に創意工夫しようとしている、
というふうに変更しました。
漫画は健の特権にしておいたほうがいいかと思って。
もと原稿では、饅頭屋が父も詰まらないと思っていることになっていて、
それはそんなにいい事だと思わなかったので、
父は父のフィールドで健に影響されている、
という体にしました。

すべての人が幸せになるのが、よいハッピーエンドと考えます。
饅頭屋も幸せになってほしいなあと思ったので。

よいハッピーエンドとは、
主人公が行動を起こしたがために、ハッピーエンドになることをいいます。
原因はすべて主人公発信であるべきです。
勝手に幸せになるようでは、主人公の物語とは言えません。
健が(劇中では省略されているけど)
「こんな毎日同じことやってんじゃねえよ」と出て行ったからこそ、
父も影響され、「よりよい人生」になったのです。

これは綾も同じで、
健が最初に別れようと言ったからこそ、
雨降って地固まるような変化があったのです。
ただ別れようと言われて仲直りするだけでは、
平板なキャラクターになるので、
綾は「見て見ぬふりをしている」という設定を足しておきました。
そのことで、負い目があることにすると、
「反省する」ことで、最初からよりよい状態へ、
人生のステージが進むと思います。
つまり綾にとっても、健の行動があったが故に、
よりよくなった、ハッピーエンドだと言えます。


今回のリライトで秀逸な点は、
冒頭のあんこを煮る部分ではないでしょうか。
それが毎回同じ味の象徴にもなっていて、
健がそっちのほうが向いているのではないか、
という小道具にもなっています。

「説明するより見せろ」というのは、原則は簡単ですが、
実際にどうすればいいかは、なかなか学ぶことが出来ません。
実例を通じて、こうしたのか、ということを理解すれば、
出来るようになるかもです。
小道具はその便利なもののひとつで、
いろんな説明を、象徴表現で省略できます。

書くことから逃げて、手を動かす何かをしがちなこと。
疲れて帰ってきた綾への、一見親切。
同じ行為をやり続けること=健が嫌うものの象徴。
しかし自分の漫画よりもよろこばれる現実。

などなど、あらゆることの表現に横断的に利用している例です。
(最初からあんこをもってこようと思いついたわけではなく、
「饅頭の象徴が欲しい」と考えて、あんこにたどりついたわけです。
早い段階から、漫画家と饅頭屋の対比構造を作っておいたほうが、
話が速くなるからです)


こうしたセットアップがわずか3分で行われているのは、
小道具による「説明がいらない」ことで実現しています。
もとの原稿では、アパートから出てパチンコ屋にいくまで6分かかっています。
この差は、比較して勉強しておくといいでしょう。
元原稿ではセリフで説明する部分が多すぎます。


ちなみに、構成を比較しておきます。


もと原稿(数字は分数)

0-6 一幕 漫画家をやめて饅頭屋を継ぐプロポーズ
5 第一ターニングポイント プロポーズ
7-11 二幕 実家に帰るまで
11 第二ターニングポイント 父との対面
12-16 三幕 父との直接対決

こうした構成を眺めると、
ラスボス(敵)は父という構成になっています。
もし父越えがクライマックスになる(そういう物語もたくさんあります)ならば、
父との闘いの準備を二幕にするべきだし、
第一ターニングポイントは「親父と会って、話してみる」とか、
「親父を説得するつもり」などのような会話になり、
センタークエスチョンが父越えであることを明記するべきでしょう。

しかるに父越えというクライマックスは、
あっさり向こうの白旗が上がることで終ってしまうので、
肩透かしになってしまっています。
つまり、「この物語の目的が見えていない」という状況が、
構成からも判明するわけです。

構成というのは、ストーリーを分り易くするためにあります。
構成だけつくってもだめで、
ストーリーが先にないと駄目です。
もとのストーリーが、「父を超える」ストーリーではないのは明白で、
ではどういうストーリー(逆境を乗り越える)だったか、
ということがないので、
こうしたことが構成にも表れているのです。

「何をしたいのか」「そのために何をするべきか」
が整理され、一本の道筋になっていない。
その一本の道筋を、構成で構成するわけです。

たとえば、もとのパチンコ屋のシーンは必要だったでしょうか。
すぐに実家に戻れない心理を表すことには役に立っていますが、
ここでなにも起こらないので、「悩んだ」ことしか表現できていません。
つまり、ワンカット「パチンコ屋で悩むがすぐに金をする」
というシーンにしてもかまわないことになります。
時間稼ぎにはなっていますが、
そうすると、旅の内容がほとんどないことになります。

旅とは目的の障害です。
目的が強くないので、障害もなく、中盤が何もない印象になります。


リライト版の構成

0-3 一幕 漫画家をやめ、饅頭屋を継ぐから別れてくれ
3 第一ターニングポイント 出ていく
4-12 二幕 旅(回想、デパート、実家)
12 第二ターニングポイント、別れを諦めず走る
12-15 三幕 綾との直接対決、プロポーズ成功?


三幕構成がしっかりある状態です。
目的は「別れて饅頭屋を継ぐこと」(しかし本当にしたいことではない)、
第一ターニングポイントはその旅に出る部分。
二幕は旅の過程を通じて、本当の目的に目覚める部分。
饅頭屋は馬鹿にしていたものではなかった、
ということに気づいて、綾を傷つけたことを謝りたくなり、
クライマックス、本当の目的、綾へ会いに行くのが、
第二ターニングポイント。

三幕は対決です。
最も危険なことと、最も目的を達成することが、
相克しないといけません。
危険とは綾を失うことで、目的とは綾と再び愛を取り戻すことです。

もと原稿では、ずっと時間が停滞している感じがあるのに対して、
リライト版では時間が進んでいる感じがあります。
この差は、もとが「何もしていない/逃げている」という状態が多いのに対して、
リライト版が「目的の為に行動している」部分が多い状態な違いがあります。


物語とは停滞のことではなく、変化です。
何かをするために動くことが物語です。

その目的や動機を設定して感情移入させるまでが一幕。
目的遂行に出発する部分がエンドの第一ターニングポイント。

目的を果すために行動する中で、
様々なドラマ(人とのもめごと)が起こり、
目的の障害になり、前にすすんだり後ずさったりするはめになるのが第二幕。
「あとひとつの課題をクリアしたら最終目的を果したことになる」というポイントが、
エンドの第二ターニングポイント。

第三幕はもっとも危険でもっとも果実を得られるクライマックス。
見事それを倒す瞬間が、もっとも自分の足りない何かを克服することになる、成長の瞬間。
で、それがテーマになることが多い。


つまり、物語の構造とは、
煎じ詰めれば、
「足りないものを持った人が、
目的のある旅に出て、
真の何かを得る成長を遂げる」
ということでしかないのです。

旅とか宝とかいうと中世RPGのようですが、
なんでもそれは当てはまるのです。
実家への旅路は、大航海してドラゴンを倒し、新大陸を発見することと、
物語的にはおなじなのです。


僕が普段詰まらない物語を良く批判しますが、
こうした構造になっていないと、軟弱推奨になるからです。
人は強くなるべきであって、
「弱いからいいんだよ」って子守をすることは、
物語の役目ではないと考えます。(メアリースー)

人は何かを達成した他人を見て、
力や勇気や元気をもらうのです。
物語は、その手本や原型、一種の成功例を示すべきです。

この議論はハッピーエンドの場合です。
バッドエンドは逆になります。


これ以外に物語そのもののパターンはあるでしょうか。
若いころ、色々考えました。
しかし真のハッピーエンドは、
ほかの実験的なパターンより強くて価値がある、と思うようになりました。

うまく王道を更新できれば、それが一番強いと思います。
もちろん、ただ同じことをやってもしょうがないので、
新しく王道を更新するべきだと考えています。
「王道なんて価値がない」って言う奴は、
新しい王道が作れないやつの言い訳に過ぎないんだと、
今は考えています。

今回でいうと、「大事な人を、二駅先に置いてきた」という表現が、
新しかった部分でしょうか。
二時間映画には使えないかもしれないけど、
これくらいの小さなドラマでは、非常に効果的に効くレトリックだと思います。



おおまかな部分を示せました。
細かい部分を、実際の原稿に書き込みながら示します。
次回。
posted by おおおかとしひこ at 16:31| Comment(3) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ビリー・ケンです。完成稿、おめでとうございます。
ところで、また違う一つの例、出せます。

実は大岡さんが「大切な人を、二駅先に置いてきた」に決めたと同時に、こっちはこっちで純愛さん版のを全写経、解析、良点と欠点を整理してビリー・ケン・カスタムを作ってました。
で、たった今完成しました。

構想の9割が固まったのが「8: 構造とテーマ」の時なので、以降の記事があまり反映されてませんが、それ以前の添削内容は自分なりに取り入れたつもりです。
復習としてどの程度有効か、出来れば見てもらえないでしょうか?

再添削を望むというわけではなく、コメント欄に要点感想を書く程度でも構いません。
逆に原稿を弄った方がブログとして都合が良いのなら、扱いは自由にして貰って構いません。
スケジュールやその他色々な理由として厳しいのなら、おそらく来年にまたオリジナルで挑戦します。
何卒宜しくお願い致します。
Posted by ビリー・ケン at 2019年06月04日 07:17
>ビリー・ケンさん
なかなか意欲的で良いと思いますが、
それを認めると俺も俺もの状態になり、
第二稿第三稿…になり、
終わらないので、今回はここまでとします。
あくまでボランティアなので。
来年どうぞということで。
Posted by おおおかとしひこ at 2019年06月04日 10:56
返信ありがとうございます。
無茶なお願いとはわかっているので当然の返事だと思います。
写経と再構築それ自体で相当レベルが上がったように思えるので、さらに修行して次は呻らせてみせます。
使い方や練度に差はありましたが、オリジナル要素が大岡さんバージョンと被る所が結構あり、セルフ照合でも努力の方向性を大きく間違えることはないかな?とは思うので、どうなるか来年に期待してて下さい。
Posted by ビリー・ケン at 2019年06月04日 11:25
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