2019年08月07日

話題になるということ

最近のキッズは炎上が「話題になっていること」と勘違いしてるそうだ。

絶賛
賛否両論
無視
---
炎上

のヒエラルキーやぞ。


で、賛否両論だけが、絶賛を超える可能性があると思う。

絶賛はコントロールされた層の予想された結果でしかなく、
波紋を打つことはできないからであって、
それはいずれ縮小する市場だからだ。

「両論」というからには、
よかった/悪かったという感想ではなく、
「こうだからいいのだ」「こうだから悪いのだ」
という論が展開されることが必須だ。

ツィッターや5ちゃん程度の、
論にも満たない文章量では、
動物が鳴いているのと変わりない。
2000字以上書いてからが論だろう。

そして論というからには、二元論にはならず、
いくらでもベクトルはありえるわけだ。

その知性を汲み取れない、
ツィッタートレンドごときで話題を測る測定法が、
僕は間違っていると思う。


もし論じることが面倒というならば、
それこそ知性の後退だろう。
考えることでしか、世の中はよくならない。
考えたことのある人だけが、
良い考えだと他人の考えを評価できる。
posted by おおおかとしひこ at 09:59| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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