2019年08月11日

調べものは徹底的に

調べたいことをリストアップする。
調べているときに「じゃああれはどうなんだ?」
と追加で疑問に思ったこともメモする。
調べれば調べるほど、疑問は出てくるが、
とにかくそれらを全部クリアするまでやること。


とはいえ、
孫疑問くらいになってくると、
そもそも調べようとしたことと随分遠ざかるから、
深みにはまってるかどうかは自覚しながら調べよう。
終わらなくなってしまうからね。

ただ、自分が疑問に思うことはとても大事で、
それは観客もそう疑問に思う可能性が高いからだ。

「空が青いのはなぜか」
を仮に調べたとしよう。
レイリー散乱を理解したとする。
「他にそのような例はある?」
「夕焼けが赤いのは同じ理由?」
などが疑問に思われるだろう。
それも潰しておいた方がいい。

ある人物が空の青さについて述べるとき、
ただの点の知識を披露するよりも、
夕焼けや他のレイリー散乱を前提としたセリフにすれば、
深みのあるほんとうの知識らしくなる。


知識は点ではなく、
ネットワークの形をしている。

文脈によって、
適度に切り取られただけを使う。
その切り取り方が、
「わかってる人の切り取り方」と、
「わかってない人の切り取り方」があるということ。

あなたは前者になるべきで、
後者になるべきではない。
また、前者であれば、
わかってる人とわかってない人を、
描き分けることすら出来るだろう。


こうやって少しずつ物知りになっていけばいい。
作家は大抵雑学王だ。

自分の知っていることを描くよりも、
知らないことを調べて描く方が、
大抵おもしろくなる。

なぜなら、そこで「へえっ」と思ったことは、
誰もが知らない、新しい驚きだからだ。
それをネタというわけだ。


今僕は、
「各宗教においての『人生の目的』は何か」
みたいなことまで調べている。
使えるかどうか分からないけど、
気になってしまったので。
禁忌は比較的出てくるが、じゃあ目的はあるのか、
みたいなことを調べるのはなかなか難しい。
たとえばニューエイジ、元になった神智学では、
「輪廻転生しながら霊的進化をする」が人生の目的だったり、
グノーシス主義では、
「禁欲をすることで、この間違い、汚れた地上から、
完璧なる神の作った天国へゆく」だったりする。
この一点において、
「神が地上を作ったから、地上は完璧である」
と考えるキリスト教から異端審問が始まった歴史があるそうだ。
で、仏教は?キリスト教は?
ユダヤ教やイスラム教はどうなのか?
なんて考えると結構面白い。
ちなみに少林寺拳法では、
「いつでも使えるような己の肉体と精神を整えておく」
が目的で、それは正義の行使であるべきだと考えている。

これらはなるべくその宗教の言葉でなく、
自分の言葉で読み替えていくと、
相当面白いな、ということに気づいたので、
間違いのないように整えたかったりする。

んー、でも今書いてる話には、直接関係ないな…


しかし、底の方まで掘っていくことは、
ストーリーを書く上で、
とても大事なことだ。

自分が初めて知ったことでも、
その知識の世界で生きてきた人が沢山いる。
世の中に出すときは、そうした人に鼻で笑われないだけのことを、
調べておくべきだ。
(わかりやすいのはピアノを弾く芝居とか、
時代劇の所作とか)

約束事が分かれば、
何が約束事を破ったことになるのかわかる。
物語とは、通常運転ではなく、
約束事が破られたことを扱う。
(そして新しい約束事へと移行する)
posted by おおおかとしひこ at 10:09| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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