2019年09月17日

点とスプレッド

「奇妙なサーカス団」を描写してみよう。


映画は具体で表現する。
小説ならば、「やって来たのは実に奇妙なサーカス団であった。」
などと書いてしまえばスルリといく部分でも、
実際にそのサーカス団を出演させ、
芸をさせ、
「奇妙だなあ」と観客に思わせなければならない。
「奇妙」は、画面には映らない。
「奇妙」は、感想である。


サーカスといえば、
空中ブランコ、玉乗りピエロ、綱渡り、猛獣使いなどだろうか。

これらの、
「具体をいくつもあげて、まとまりで描写する」
をスプレッドという。

「奇妙なサーカス団」のスプレッド例を書いてみる。

三角空中ブランコ(三方向)、猛獣の綱渡り、
足が4本ある女、小人プロレス、水中で死なない男、
などだろうか。
特に他意はなく、
スプレッド方式の例としてあげた。

スプレッドはカロリーが高い。

これら一個一個を考えるのにも苦労するし、
上手にネーミングするのもカロリーを使う。
ひとつひとつの描写を凝り始めたら、
かなりのカロリーを使う。

映画で実現するのもカロリーが高い。
ひとつひとつの衣装を作り、
ひとつひとつの特殊メイクを施し、
芸達者な人をキャスティングし、
ときにCGの助けも借りることになる。

「10人の若者」を並べるよりも、
相当予算と時間がかかることが予測される。


それだけの手間をかけて、
「奇妙なサーカス団」という数文字しかストーリは進まない。

ハイカロリーでありながら、
スプレッドは効果が少ないのだ。

(もっとも、その無駄なハイカロリーこそが、
出し物、見世物としての価値があることは否めない。
普段ないものだから「おもしろい」わけだ)


これらの奇妙さがストーリーに絡む
(たとえば彼らの特技をひとつひとつ全部使わないと盗めない宝があるとか)
ならば、それらは途端にストーリーの一部になるが、
「はじめてのデートは奇妙なサーカス団だった」
の一行のようなすぐに流れてしまう場面で、
そのハイカロリーはいかにも効率が悪い。


一方、
スプレッドと逆の方法がある。

とくに名称がないので、ここでは「点」と書く。

「一点だけ描くことで、
全体を想像させる」方式である。


カロリーはまったく少ない。
想像力に訴え、相手の脳内に勝手に展開させる方式だ。

これを上手に使えるかで腕がわかる。


風俗嬢が出てきて手を触ったら、
ザラザラの鮫肌だった。
なので服を脱がす前に逃げる、
みたいな場面である。

何も全裸になったり、全身の皮膚のザラザラを確かめる必要はない。
手という一点で、それを理解させようということだ。


では例題。
「奇妙なサーカス団」を、
点の方法で描写したまえ。

はい、シンキングタイム。













色んな例があると思うけど、
僕の解答。


「普通のサーカス団と同じことをするが、
全員目をつぶっている」


盲目設定でも、意図的に目をつぶっているでもよい。

仮に「目隠しサーカス」と名付けよう。

「目隠し」という一点だけで、
様々なものを想像させることに成功したわけだ。

これが、カロリーを使わずに最大の効果を得る方法だ。


これは他にもまったく応用の効くテクニックで、
「奥さまは魔女」の前口上にも使われている。

ごく普通の出会いをし、
ごく普通の結婚をし、
ごく普通の家庭を築きました。
ただ一つ違ったのは、奥さまは魔女だったのです…
(若者はもう知らないだろうが、
僕らはモノマネつきでこれを諳んじられる)

「ただ一点だけ違うのだが、あとは普通」
というテクニックである。
(同様に、「全部異なるが、一点だけ共通」の構造がある)


もちろん、点の方法には他にも別解があるだろう。
各自考えられたい。




下手くそな奴は、
ハイカロリーなスプレッドばっかり書いて、
自身も疲弊し、観客も退屈させている。
何もいいことがない。
(「we are little zombies」の、最も退屈なスプレッド、
4人の自己紹介シークエンスを思い出せ。
この間ストーリーは停止して、
「偶然親が死んだ4人の子供」
というオープニングで作った興味の焦点を、
簡単に見失う)


ただの点で全体を想像させて、
さっさと話を進めるテクニックを身につけなさい。

結果は非常にローカロリーだけど、
ハイカロリーと同じくらいに綿密に考えられていることは、
書き手しか分からないレベルかも知れないが。


たとえばホラーは参考になるかも知れない。
恐怖は、我々の脳の中の方にある。
posted by おおおかとしひこ at 13:56| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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