2019年09月29日

デジタルは人を幸せにしたか: 基礎能力とは

「ワードエクセル経験者だと人が集まらなくて、
一太郎、ロータス経験者も可としたら、
レジェンド級のおばちゃんがいっぱい来た」話。
https://mobile.twitter.com/RiWong/status/1177216175769440256



デジタルの技術はどんどん変わる。
いい方向に、だと信じたいが、
失われたものもある。

失われるのは、100年とかじゃなく10年単位で、
日本家電全盛期と、衰退してから10年とのギャップ。
採用担当者が10年前を知らないから、
かつて何があったかを知ることも、失われている。


映像業界もデジタルになってから、
そういう人が増えた。
フィルムを回したことがない人が増えたから、
物理で機材を組み合わせて工夫することを知らなくなった。
なんかコンピュータで処理すればできるから、
それを手でやることの苦労も価値も、面白さも、
出来るようになったら機械より正確でアーティスティックであることも、
知らなくなった。

技術の伝承の途絶えとは、こういうことをいう。
昔の凄いのを知らないと、
こんなもんでいいや、になってしまう。

それは、進歩が止まってるってことだ。


デジタルは人を幸せにしただろうか。
この件に関しては、
歴史を知らない無知を増やし続けていると思う。
そして日本はもはやデジタル後進国だよね?

ワードエクセル使ってるようじゃ、
業務内容もしれてるが。



で、基礎技能ってなんだろな、って思う。

日本家電全盛期の商業高校出身のOLさん、
現おばちゃんは、
基礎技能を叩き込まれていたから、
今でも応用が利く。

そんな基礎技能を、今でもきちんと教えているかな。
それとも「時代に合わない」などとして、
歴史から抹消されてるだろうか。


僕が脚本論で書いていることは、
アナログでゴリゴリ手書きの、
もっとも基礎技能の部分だ。
だから辛く地味な部分で、
みんなが嫌がるところだ。

でもこれを身につけたら、
手書き原稿だろうが自作キーボード入力だろうがポメラだろうが、
どこででも書いていけるんだ。

そこのところが伝わりづらい。
人は空ばかり見て地上を見ないなどと、
歌にはよく出て来るくせに、
それから学習した人はいないのかね。
posted by おおおかとしひこ at 13:23| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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