2019年10月26日

音楽と物語の関係について考える(「蜜蜂と遠雷」批評2)

そういえば今回、劇伴ってあったっけ。
音楽の鳴っているシーンは全て演奏で、
あとは主人公の中で鳴る第一音だけだったかも。

これが、ストーリーの深みを奪った可能性がある。


映画で鳴る音楽は、
セリフ以上に登場人物の気持ちを雄弁に語るためにある。
これを劇伴という。
BGMという言い方もあるけど、
BGMは喫茶店の背景音楽のように、
あんまり関係ない音楽が流れることが多いので、
「登場人物の気持ちに沿う」ものをとくに劇伴といって区別する。

わかりやすいのは、
怖い時はサスペンスな音楽になるし、
喜ぶ時は楽しい音楽が流れるやつ。
サイレント映画以来、
映画の文法はこれに決まっていて、
セリフがなくたって、
音楽と登場人物の表情と背景文脈があれば、
気持ちを雄弁に語れるし、
我々はそれに乗れるわけだ。

(楽しい曲を、逆に悲惨な文脈に当てて、
そのギャップを狙うことすら音楽には可能だ。
「時計仕掛けのオレンジ」での「Singing in the rain」とか)


今回の映画の圧倒的なのは、
演奏される音楽であった。
でもこれが、
登場人物の劇伴になっていないと僕は感じた。

カデンツァ(自由演奏)を競うことで、
それぞれのキャラクターを示すのは抜群に面白いと思ったが、
それは、彼らの技術やピアノへの思いの表現になってしまい、
彼らの「いまのきもち」に沿っているわけではない。

海辺で足音で奏でた曲はどうだったろう。
連弾の「月光」はどうだったろう。
コンポーザーピアニストになりたい彼が奏でた曲は、
コンポーザーになるという夢に近づけたか。

そして主人公の挑んだ曲は、
彼女の必死さは表現できていたが、
彼女の感情そのものを表現していたわけではなかったように思う。

なぜなら、
「その曲にはその曲の、表現する感情がある」
と思うからだ。

もっとも、とくにぴったりなクラシックを持ってきて、
うまく使いどころを当てて、
逆算してドラマを組み上げてはいるのかもしれない。

しかしだとしたら、劇伴として、
登場人物の感情を語る音楽として、
チャップリンに劣ると僕は感じた。

やすいドラマみたいになんでもかんでも説明的に流すのは、
無論間違いだ。
しかし、あのクラシックがどのような気分を表現しているのか、
僕のような教養の無いものにも、
わかるようであるべきではないか。

「宿題」といった彼女の曲が、
そもそも何を表現しようとしているのか、
表現者として何も考えていない気がした。
「世界は音楽で満ちている」というのに相応しい曲とも思えなかった。
斉藤由貴が「必死すぎている」と指摘したような音楽で、
ちっとも僕の心は豊かにならなかった。

つまり、僕には、クライマックスが、
「彼女は必死だった」ようにしか見えなかった。
これが遠雷、世界は音楽で満ちている、ということに落とすならば、
もっとそんな曲を選ぶべきではないだろうか?

原作小説にはそのへんが書き込まれている可能性もあるけれど。


僕は音楽や芸術のおもしろさのひとつは、
「全く関係ない時代の全く関係ないやつが作った、
ただの感情が、手に取るように理解できる」
ことだと僕は思う。
ピアノの演奏だって、それを再現することにあるわけで、
そこに「解釈」という行為があるわけだ。
そのことについて、
コンポーザーになりたいとか、
トラウマを超えたいとか、
生活者の音楽とか、
ただのお題目ではなくてドラマが欲しかった。

妻が「重くて複雑」と感想をのべた部分が、
これをこうしたことで生活者になるんだ、
という例が欲しかった。
演奏を聴いただけでは僕にはわからないので。


ふつう、その行為が成功したかどうかは、
劇伴で示すことが多い。
(ロッキーの試合中に流れる劇伴を思い出そう)
しかし演奏を邪魔できない以上、
その演奏が登場人物の内面を語ることになる。
あるいは、観客のリアクションだ。

それが何を意味しているのか、いまいち掴みかねたことが、
ピアノは凄かったが、ドラマになっていなかったと思う原因だろう。


クラシックを知らずに見る奴がわるい?
いや、わざわざ字幕で出してたやんか。
だったらそこで解説してまえや。
この曲はこういう背景で書かれて、
こういう感情のピークが有名とか。
それだけで、演奏家の思いみたいなことに我々は乗れたのに。


音楽は人の心を語るものだ。
その意味で、この映画はクラシックを使い切れていない。
鹿賀丈史は、「音楽をやるだけ」と言った。
たかが音楽。
それに呑まれたのではないか。
音楽そのものより、人間が、映画だというのに。
posted by おおおかとしひこ at 14:23| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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