2019年12月06日

内容と文体

たとえば昔の小説を読むと、文体がしんどくて古いと感じることがある。
内容はどの時代にも共通の、人間の本質的なことにも関わらず。

映画もモノクロだったり、録音が古かったりすると、
そんな感じがしたりする。

面白い例を見た。
1996年のデジカメには平成初期の景色が写る
https://dailyportalz.jp/kiji/photo_like_early_heisei


これほんまに2019年?
1996年といわれても、
そうそうこんな感じだった、
なんて言ってしまいそう。
渋谷のおばちゃんなんて、こんな服昔着てたわ、
とかいいそうになる。

小説の世界には、「擬古文」というジャンルがあり、
わざと古文を現代で使って、小説を書く。

音楽だとアコースティックバンドだね。
あるいは古代の楽器を作ることもあるだろう。

映画だと、
昔を舞台にしたものか。

時代劇はいわゆる江戸時代を舞台にするが、
最近のハリウッドは、
60年代や70年代や80年代や90年代を舞台にしたものも、
よくあるよね。


ノスタルジーとはどういうことだろう。
あの時持ってた希望を思い出すことかもしれない。
あの時持ってた絶望を思い出すことかもしれない。

よう1996年の俺。
お前はどうだったか。
その文脈を使いたいなら、
時代劇またはタイムスリップものは最適だ。

どの映画でも、「昔は良かった」を利用する。
「昔は酷かった」を利用してないね。
すればいいのに。

まあ、現代があんまり発展してない感はあるけどね。
あの頃は移民もいなかったし、
みんな正社員だった。
posted by おおおかとしひこ at 16:08| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。