僕が足掛け3年もかけて、
キーボード入力の改善をしている理由は何だろう、
と俯瞰してみると、
「手書きよりキーボードが苦痛」という一言に尽きると思う。
もしデジタル発信をしなかったり、
デジタル入稿の必要がなければ、
手書きが僕にとってベストだ。
なにせ900字/10分のペースで書けるのだ。
これは大学生の調査の、300〜500の平均よりかなり速く、
それは薙刀式動画に収めてみた。
AIもしくは秘書がデジタル化してくれるのならば、
実はキーボード入力は僕にはいらないと思う。
薙刀式で1500程度には行けるが、
漢字変換が思考のノイズになることは火を見るより明らかで、
手書きの漢直が最も文と「繋がっている」感覚がある。
量の生産性では、数値的には薙刀式だけど、
質的な生産性では、手書きが上回る。
だから原稿は手書き→薙刀式で清書、
という二度手間のワークフローにしている。
で、僕がやりたいことは、
手書きのように楽にキーボードを使うには、
どうすればいいのか?ってことだと思う。
昨日から今日にかけて、
HHKBユーザーミートアップのために久し振りに、
HHKBを触ってみたのだが、
45gの押下圧はクソ重く、
10文字の言葉を一気書きするにはまるで向かない。
(僕の手書き動画を見ればわかるけど、
1文字ずつなんて書いてない。
ひとつながりの概念は一息で書く。
続け字が前提)
しかも10本指を使っても、
なお手書きの方が良いと思っている。
10本の指に意識を分散するのがまず勿体ない。
右人差し指一本で行けるならそうしたいくらい。
配列のことでいうと、
僕が意識しているのは、
「手を休める時に休められるような配列/
続け字で書きたい時に続けて打てる配列」
であると思う。
単打または連続シフトのアルペジオで、
続け字のように打てるべきであって、
続け字で打ちたい時に、
シフトがバタバタしたり打ちにくい運指になっていることは、
配列として劣悪であると考える。
僕にとってのqwertyローマ字がそれで、
流麗な続け字のように書けるなら良いが、
RTC2019のタイパーの手を見る限り、
美しく無駄のない、書道のような軌跡とはお世辞にも言えず、
パワフルに動くエンジンのピストンのように無粋だった。
去年生で聞いた打鍵音も相当なもので、
音が出てるってことはエネルギー的に無駄があるってことだ。
エネルギー全てを効率よくキーボードに伝えているなら、
無音で良いはずだ。
目的が違うとはいえ、
qwertyローマ字を極めるにはそうならなければならないのだとすると、
このやり方は僕のやり方とは全く関係ないものだ。
(パソ活さんの長文動画を見ても、
あそこまで滑らかに、僕の指は動かない)
逆に、
無駄に繋がりがいい運指が、
とくに繋がりよく書きたくないところで発生するのも、
僕は避けたい。
一拍置きたいところは、運指でも間を置くべきだ。
シフトがバタバタしたり、打ちづらい運指がそこに来ればいいと思う。
僕が配列の範囲を小さくしたり、
清濁同置に拘るのはこれもあって、
打ちづらい運指を減らした方がいい、
という考え方だ。
飛鳥配列は結局マスターできなかったが、
「繋がりやすい音」と「繋がりにくい音」の差が、
かなり激しかったように思う。
繋がりやすいほうは配列の光の部分だが、
陰に押し込められた部分が、
僕には合わなかったように思う。
そこがもたつくような言葉は、
言葉のリズムではない、
と思った節がある。
もっとも、どんな運指でも滑らかに打てる指の才能があれば、
そんなに気にならないのかも知れない。
しかし僕にはタイピングの天賦はない。
左薬指は動かないし、腱鞘炎をすぐぶり返す。
人差し指中指と右薬指しか使わない、
カタナ式に何度も戻ろうかと思ったが、
カナの気持ち良さから離れられず、
薙刀式を改良することで何とかしようとしている。
いま私家版と称して、
更に微調整を繰り返しているのは、
手書きで楽なところは楽な運指にしたいし、
手書きでもたつくところはもたつく運指にしたいし、
手書きより速く打てて快感なところはそのままにしたいし、
あと僕の指でも疲れないようにしたい、
という欲望を満たすことが動機だからだ。
先日タイプ数カウンターのデータが飛んでしまい、
記録が残ってないのだが、
一日あたり24000くらい打つことがわかった。
(qwertyローマ字換算なので、1.7で割って、
打鍵効率1.3を掛けると薙刀式での打鍵数になる。
ただし機能キーもカウントされるので正確ではないが、
18000という数字にはなる)
一日の最高は48000(同じ計算法で37000)。
手書きでこれらをやるとしたら、
作業量的にはかなりしんどいと思うが、
薙刀式ならずらずらと書けていることは、
実際楽になっているのかも知れない。
しかし手書きにはなかった腱鞘炎を抱える副作用があり、
物理と論理でマシにできないかと、
工夫は続いている。
結局のところ、
僕は量においてもっと書きたいし、
質において手書き並みのキーボード入力をしたいのだ。
その理想に、
志半ばといったところか。
自作キーボード派閥にはこんなことを考えてる人はあまりいないし、
タイパーにもほぼいないし、
似たようなことを考えている人は配列界隈の人かも知れない。
(配列の人は物理に手を出さないイメージ。
最近は自作キーボード派も少しずつ出てきているけど)
日本一書く作家、西尾維新は一日2万字と聞いて、
とても無理だと思ったが、
一日8時間でそれをやるので、
2500字/時間ペースでいいということになる。
このペースは、書くことさえあれば、
今の僕には楽勝になる。
しかしそれを毎日続けるとして、
今のシステムでは腱鞘炎を免れない。
手書きなら1万ペースでもダメージはないと思われる。
僕にとって、まだキーボード入力は苦痛だ。
なんだか年末のまとめみたいになってしまった。
バビロンの常用(色んな机でテスト中)で、
物理は一段落してしまったので、
いまは論理を弄りだしているような気がする。
親指キーの改良も出来るかも知れないし、
それに必要なら基盤に手を出すかもしれない。
現状の不満こそ、改良の栄養であることは間違いない。
2019年12月10日
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