みっつ書くべきことがある。
出オチと、テーマがないことと、ニューエイジとの関係性だ。
以下、完全ネタバレで。
出オチについては、「キン肉マン二世」が失敗したことと同じ理由だと考える。
つまり、
僕らのテンションが上がるのは、
旧作の要素が出てきた瞬間で、
いまの要素にではないことだ。
ルークのXウィングが出てきたり、
レイアのライトセーバーが出てきたり、
ヨーダの声が聞こえたり、
デススターの残骸があったり、
ラストの朝日が二重星になっていたり、
そうした「旧作とのリンク」を感じた時だけ、
私たちのテンションが上がる。
それは現在のレイやポーやフィンのドラマが、
それだけ薄いということだ。
薄いなら、それなりに濃くしていくべきなのに、
旧作の出オチに頼ることで、
ますます薄くしていることになる。
キン肉マン二世の失敗は、
二世たちのドラマが薄く、
ラーメンマンやロビンが出てくることに面白さの大半があり、
それが出オチに過ぎなかったことにある。
それとまったく同様の構造をしているわけだ。
だから、ファンは喜ぶ。
あれのあれがこれで、とか。
黒人の将軍のような人も、おそらく旧作にいたキャラなんでしょ?
僕は分からないが、ファンは良く出した、などと思っているんだろう。
そう。「出た」で感動が終わっているのだ。
それが問題だ。
ストーリーは「出る」という点ではない。
出たあと、どれだけ何をしたか、
それにどのような意味があったのか、
という線のことである。
出オチはストーリーという線ではなく、
ただの点だ。
ワンシーンあればよい。
極論、ワンカットあればよい。
そして、ワンカットは、ストーリーではない。
つまり、この映画のテンションは、
出オチの点でしか上がらず、
ストーリーという線であがることはない。
誰も世界に二つあるという、
ルートファインダー(みたいな名前の、
古典的な羅針盤の代り)にハラハラすることはない。
それを是非とも手に入れ、
それを手に入れた時、最高にうれしいとは思わない。
それはマクガフィンであり、
感情移入の道具にもなっていない。
つまり、ストーリーを進めるための仕組みはあるが、
だれもそれを本気で心配していない。
「果たして、ルートファインダーは手に入るのか?」
でドキドキしない限り、今回のストーリーに、
思わずのめり込んでいる、とは言えない。
つまり、誰もこんな陳腐なストーリーに、のめり込んでいない。
出オチ祭りばかりだとしても、
ストーリーがしっかりしていれば、
ストーリーに乗っかり、かつ出オチを楽しむとことができる。
しかし、しっかりしていないストーリーだった。
その証拠に、
相変わらずの問いを問おう。
「このストーリーのテーマは何か?」だ。
これにこたえる、明確なストーリーラインはなかった。
レイは自分探し。
ポーは過去の女との再会。
フィンはレイへの片思いと、同じ境遇の女との出会い。
これらが三者のメインストーリーラインだが、
これの何が面白いのだ?
それは、テーマに結び付いていないからだ。
テーマに結び付いていないから、
勝手にやってれば?としか思えない。
新新三部作を追っかけて来たが、
毎回思うことがあって、
「何故帝国に勝たないといけないのか?」
が分からないんだよね。
帝国が虐殺しているとか、
人類が許しがたい何かをしているとか、
帝国が悪である理由がひとつもないんだよね。
戦争には理由がないものかもしれないが、
これはスペースオペラなので、
分り易い対立軸が必要だ。
悪対正義だ。
帝国は悪っぽい恰好、
反乱軍はネイチャーっぽい恰好。
それだけ。
理念があるわけでもないし、主義主張があるわけでもない。
だから、
我々は、何に加担して見ればいいのかが、
まったくわからない。
彼らが最も問題にしているセンタークエスチョン、
「戦争に勝利すること」に、
なんの感情移入も出来ないのだ。
だから、面白くない。
ナチスがガス室をつくり、罪もない人々を虐殺している。
しかも魅力的な演説をして、大衆の心理を操作している。
そういう分り易い悪があるから、
「ゆるさん!」と正義が盛り上がる。
勧善懲悪とは、そのようなものである。
新しい悪と、新しい正義が、古典的な枠組みを新しく見せる。
今回、
レイはパルパティーンの孫であった、
というのは、
衝撃のための設定に過ぎなかった。
なぜ彼女はパルパティーンの側につかず、
反乱軍側についたのか、
理由が分からなかった。
パルパティーンは黒いフードを被り、悪っぽい恰好はしていたものの、
ひょっとしたら正義の人かもしれないのに。
彼自身は、物語中に、悪いことは何もしていない。
ビジュアルで差別しているのではないか?
だから、センタークエスチョンが、
空虚なんだよね。
何も盛り上がらない。
なぜ反乱軍に協力して、
最後に味方が沢山やってきたのかも、
まったくわからない。
正義を成すために集まってきた、ならとても感動するが、
少なくとも劇中では、
反乱軍が正義であることは分らないからね。
重ね重ねいうが、
ビジュアルで差別化しているだけだ。
ネイチャーっぽい方が悪かもしれないのに。
そういうことで、
戦争が、ビジュアルの為の道具でしかなく、
「なんのためにこれがあるのか」に答えられないものになっていた。
スターウォーズのテーマってなに?
三代続く、勧善懲悪?
ダースベイダーは悪いことしたんだっけ?
帝国は何か悪いことしたっけ?
なぜそれを倒すことが、
いいことなんだっけ?
勧善懲悪じゃないとしたら、なんだ?
何かあったっけ?
アイデンティティー?
「I'm your grand father」がやりたかっただけだよね。
で。
アイデンティティーだとしたら、
ラストの朝日の意味が、
とても安っぽいものになる。
70年代のニューエイジの話をしないといけない。
つづく。
2019年12月23日
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