少し前と、デジタルが浸透した今を比較してみる。
昔の写真:
ピンボケ、露光不足、シャッタースピードミスは当たり前。
その場で確認できないから、
なにが悪いのかも頭を使って考えなければいけなかった。
だから、上手い人は重宝された。
成功と失敗があるからコンテストがあり、
最も成功した人は賞賛された。
今の写真:
失敗写真というのがもはや死語かもだ。
その場で確認できるから、失敗すればもう一枚取ればいいし、
間違えたら消せばいい。
なんならデジタルフィルタでごまかしまくれる。
デジタル写真は失敗しない。
失敗しない写真たちで、
皆は何かを競っている。
昔の手紙:
書き損じがある。間違いもある。
だから下書きをして、清書をしていた。
その中でも名文がかけた時は、
素晴らしい文章とされた。
今の手紙:
BSで消せるし、なんなら膨大なテンプレからコピペすればいいし、
書きながらまとめればいいや。
失敗ってなに?誤送信?
それすら防ぐアプリあるよね。
スパンが短い(たとえばライン)から、
いかようにでもいい直せるし。
昔の音楽演奏:
ライブ一発録り。
下手くそは下手くそだし、
上手い人との差がまともに出る。
今の音楽演奏:
トラックバラで録ればいいし、
なんなら全員集まる必要なくね?
あとテイク2の前半、テイク5のラスト、あとテイク8で、
編集しといてください。
エコライザやピッチシフトで直せますよね?
昔の会社:
うまくいくかどうか分からんが、
成功すれば莫大な儲けがあるし、
みんなの役にたつぞ。
グレーならOK。やろう。
今の会社:
儲かるという証拠を出してください。
あとコンプライアンスに反してはだめです。
昔は失敗が当たり前だった。
全ての試行はトライだった。
成功すれば賞賛、失敗すればもう一回。
今は「失敗しない」が当たり前のような気がする。
失敗するやつは、単純に馬鹿で情弱なのだと。
だから試行はトライではなく、
オペレーションだと思う。
ここ十年くらい嫌いな言葉があって、
ウチの業界、仕事のことを「作業」っていうんだよね。
はあ?仕事だろうが。
失敗しない前提があると、そうなってしまうんだよね。
だから移民やAIに、作業は取って代わられるだろう。
トライじゃくてオペレーションなんだから、
誰でもできるよな。
失敗する社会は、成功を賞賛した。
失敗しない社会は、失敗を糾弾する。
どっちが成功して、
どっちが楽しい世界だろう。
デジタルのせいばかりではないけれど、
僕らは思考がデジタルに犯されていると思う。
人生も社会も、なんだか作業になっている。
僕は人生でトライしたいのに。
(勝手にするけど)
失敗しなかったから褒められるわけじゃない。
成功しても、コンプライアンスで貶める。
誰が何を褒めるのだろう?
足を引っ張り続ける社会になってしまったね。
前に進むより、ブレーキをかけるのが得意な社会が、
デジタル社会ではないだろうか。
昨日カフェで聞いてびっくりしたことがある。
社会人2、3年目くらいの女たちが喋っていて、
「仕事って命がけでやらなきゃいけないの?」
って言ってた。
なるほど、命がけじゃないから、
ハラスメントとかが気になるんだな。
こっちは命がかかってんだ。邪魔すんな。
命がけで成功を求める人は、
もうすっかり居なくなって、
失敗チェックばかりしているのだろう。
そんな集団の中では、
成功にトライする人こそ邪魔だろうね。和を乱すとかいってね。
2020年01月13日
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