2020年01月19日

いつもと違う何か

ストーリーはどこから始まるのか。
「いつもと違う何か」があったところからではないか。


ストーリーは「事件とその解決」が大きな背骨だが、
いきなり事件が起こるところから始まらない。

予兆、異変のようなところから始まる。

突然宇宙人の大艦隊はやってこない。
一隻がやって来る。
一隻が来るところから始めてもいいが、
もっと自然な不自然から始める手もある。
たとえば、
スマホの電波障害などが日常的異変だろうか。

今まで送っていた日常が、
少しだけ違うことが起こる。

その綻びをうまく描くと、
その深い裂け目にどんどん入っていくことになる。

逆に、
「最初はただの小さな異変だと思っていたのが、
実は大事件の予兆であったのだ」
となるのが最も面白いパターンだ。
最初の異変は、
我々の興味を引くためのものだけでなく、
伏線でもあったわけだ。

たとえば探偵もので、
「いつもの依頼人と違う奴が来た」
などがあるとしよう。
どこか怯えていて、焦点も定まらない。

後日、その依頼人が殺害されたことがわかる。
彼は追われていた。巨大組織に。
そしてその組織との闘いが、
本来ストーリーで描く大事件なわけだ。

いきなりそうした組織を出しても、
あまりにも日常とかけ離れていて、
世界に入り込むことは難しい。

だから、ほんの小さな異変が、
どんどん拡大していくようにする。

上の例ではたとえば、
依頼人が帰ったあと、
秘書が「あの人変じゃなかったですか?
お茶4杯も飲んで行きましたよ」
と気づくとか。
「喉が渇いてたんだろ」
「それにしても普通4杯も飲みます?」
なんてしておいて、
喉が乾くのは○○のせいだったのだ、
などと後にわかってくれば、
伏線かつ導入になっているわけである。


このような、
後に使う、しかもちょっとした、
しかも印象に残る、
「いつもと違う何か」を作ろう。

そこからどんどんストーリーは雪だるま式に膨れ上がる。
その芯になるのが、
その最初の異変というわけだ。

まだ正体はわからないが、ただ日常と違うこと。
なんか変だな、まあいいか、くらいだが、
その変の正体を追っかけていくと、
何か大事態につながっていること。

たとえば女が浮気を疑うのは、
具体的なほかの女の証拠が出て来た時ではなく、
「いつもと違うことがあったとき」
だそうだ。
こんな風にずるずると話が展開していくその最初の瑕疵が、
うまく小さな違和感だと面白いわけだ。
なぜなら、その小さな違和感ぐらいならば、
我々の日常の延長だからである。

我々は、
我々の日常の範囲内の「いつもと違うこと」から、
いつのまにか天地を揺るがす事件に入り込んでいく。
posted by おおおかとしひこ at 16:59| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。