2020年01月27日

運命の糸はもつれるようにせよ2

前記事の続き。
二者ABの目的を、三者以上に拡張して考える。



三者のその時々の小目的を、
Pn、Qm、Riで表す。

これは必ずしも三人の人物、ABCでなくても構わない。

一人の中で、
「仕事と彼女どっちが大事か」
なんて、矛盾した目的が存在することもしょっちゅうだ。

今目の前にある事態が、
何を優先させるべきかを問うてくる場合すらある。

わかりやすくするために、
「クリスマスイヴ、残業」というシチュエーションを考える。
2400までに終わらせて彼女の元へ向かうべきか、
終わらない残業を放り出して会社を倒産させるのか、
そんな天秤を作れば良い。

こうすると、PかQかなんてことの二択にならずに、
「彼女を会社に呼ぶ」というウルトラCを思いつくことも可能になる。
Pnを満足させ、かつQmを満足させるための、
条件や行動こそがストーリーになるわけだ。

同様に、彼女の目的Riを、
「彼とデートすることにより、
会社の秘密を探るスパイ」だとすれば、
この、
「会社に彼女を呼ぶ」というストーリーは、
3つの目的の運命の糸が絡んだことになる。


同様に、
ABCの三者の目的、Pn、Qm、Riがあったとして、
「Pnを叶えるためには、Qmを叶えなければならず、
しかしRiは叶えられない」
などの状況を発生させることができる。

このとき、Qmを止めるためにPnを諦めるのか、
Riを止めてまでPnとQmを通すのか、
などの複雑な状況判断を作ることが可能になる。

さらに四者、五者になればさらにだ。

P1、P2…と順番にやるだけでは、
単純なストーリーにしかならない。
運命の糸がもつれて行くとは、
複数の目的を叶えようとするそれぞれのストーリーラインで、
それぞれの目的がこのような複雑な拮抗をすることを言う。

だからストーリーとは、
全員が幸せになることは出来ない。
誰かが笑い、誰かが泣き、
誰かが苦い思いを受け入れる。

これの繰り返し、変転こそがストーリーであり、
最終的に全員が笑い、
悪役だけが泣くのをハッピーエンドというのに過ぎない。
(そしてそれが理想だ)

このような、
小目的同士の絡み合いをいかに作るかが、
場面力だと思う。
それを新しい絵で作れたとき、
新しいストーリーになると僕は考えている。

つまり運命とは、
複数の線を走るピタゴラスイッチのような、
理系パズルに似ていると僕は思う。

あちらを立てればこちらが立たずのシーソーを、
どううまく作るのか、
どういう行動でどういう結果を出すのか、
そしてそれがどのようにシーソーのバランスを変えるのか、
そしてまたいつN者が集まり、
あちらを立てればこちらが立たずの状況になるのか。

これらを組むことが運命のタペストリーを編むことで、
結果、数奇な運命と呼ばれることになるだろう。

posted by おおおかとしひこ at 13:26| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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