2020年02月13日

美術デザイナーと装飾の違い

映画の世界では、背景は全て美術部の仕事だ。
セットを組んだり、ロケの場所に飾り込みをしたり、
さまざまな仕事をする。

で、美術部は大きく二つに分かれる。
美術デザイナーと装飾だ。
これがちょうどシナリオを書く時の役割分担として、
わかりやすいので説明してみる。


美術デザイナーは、
そのセットがどういうものかの設計図を書く。
たとえば「悪の帝王のオフィス」を作ることを考えよう。

どういう様式がいいのか、
どこにどんなものが置いてあるのかを考えて、
イメージ画を書く。

美術デザイナーは一級建築士の免許を持っている人も多く、
設計図面を書く。
彼らの単位は「間(けん)」である。(畳の長辺)
どこからどこまで何間あるか、設計図に書く。

セットの場合、この設計図通り大工が組み立てる。
家を作るのと同じだが、
撮影セットの場合、撮影の間持てばOKだから、
対地震とか家事とか考えなくてよい。
なので家を作るよりは簡単だろう。

ここから装飾の仕事になる。
イメージに合うソファーを探してくる。
壁紙を探してくる。
置いてある小物はどうか、
カーテンはどうか、調度品はどんな感じか。
それぞれの色や大きさや形の組み合わせで、
全体イメージを構成するわけだ。

大まかなイメージが同じでも、
装飾担当によって最終物は異なると思う。
壁紙が紫のイメージでも、
黒ベースで艶だけ紫の壁紙があれば、それの方が洒落ているかもしれない。
今ある現物でセットは構成しなければならない。

美術デザインはあくまでイメージ画に過ぎず、
最終形と同じものにはならない。
ということは、
美術デザインは何をするべきかというと、
「構成と目指すもの」を確定するわけだ。

装飾はそれに従って、
「具体的なブツを選び、並べ、
美術デザイン画の方向性を実現するために、
色々な現場レベルの工夫をする」
わけである。

これが、
プロットと執筆の関係であることは、
論を待たないだろう。

装飾に影響されて、
デザインを変えるべきではない。
すごくステキなソファがあったとしても、
デザインの目指す方向と違えば却下だ。
しかしデザイン画にない色のソファでも、
デザインの目指す方向に合えば合格だろう。
デザイン画通りにしなくても良い。
ディテールがセンスが良く、
首尾一貫していて、
デザインの目指す方向とあっていれば、OKである。


執筆段階でプロットの方向性を変えるべきではない。
プロットが何を目指したかは、
プロットに最初から書いてある。

逆に、何を目指すか、きちんと決めていないプロットは、
プロットではない。

なんとなくできたから書き始めよう、
というできたものは、プロットではない可能性が高い。
ざっくりイメージがプロットなのではなく、
「この方向を目指すことに決めた」
というブレない骨と最終地点がプロットのことである。
なぜこれが面白い話だと言えるのかの根拠は、
プロットに全てなくてはならない。

もちろん、
この机のデザインがかわいい、
などのように、
装飾レベルでこの話の魅力が増すこともある。

しかしそれはあくまでディテールに宿った魂に過ぎず、
根本的な面白さとは異なるものである。


あなたは美術デザイナーと装飾の仕事を、
一人でやらなければならない。

映画美術の世界では、
美術デザイナーは一人(たとえば種田陽平)で、、
装飾が何人もチームを組む。
(装飾のチーフはいる。デザイナーはよく仕事をする、
お抱えのチーフを何人か持っている)

しかしシナリオライターは一人だ。

あなたは両方の仕事をしなければならない。


(もっとも、近年の複数脚本家システムでは、
プロットと執筆は別の人がやることもある。
Story byと、Screenplay byの違い)


それは装飾レベルで直せる話なのか?
デザインレベルで直す話なのか?

それを判断しないと、
リライトの迷路になる。
そんな時は、美術デザイナーなのか装飾なのか、
どっちのレイヤーの話なのだろう、
と立ち止まって考えるとよい。
posted by おおおかとしひこ at 00:45| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。