2020年02月19日

泣きっ面に蜂

不幸な時には不幸が重なるものだ。
それを描こう。


人生は勝利だけではない。
敗北の方が多い。
たとえハッピーエンドの物語でもだ。

ストーリー進行を考える時、
どんなことでも勝ちまくり、
どんどん話が進んでいくことを考えるか?

それはとても嘘っぽいと思う。
だって人生はそうじゃないからだ。

どんなに勝利を続けても、
どこかで失敗する時が来る。
その浮き沈みこそがストーリー展開だと思う。

荒木飛呂彦は勝利ばかりをやり、
マイナスポイントは描くべきではないと言う。
僕は、それは敗北の描き方が下手だと思うんだよね。
敗北を上手に描いて、
観客を絶望させてから、
うまく希望に導く方がいいと考える。

敗北が詰まらないわけではない。
敗北から次の勝利までの展開が詰まらないだけだ。


で、敗北や不幸をどう上手に描くかという話。
ただ一個失敗やアンラッキーを描いても、
そんなにダメージはないと思う。
大一番で外したり、
不幸に不幸が上塗りされたり、
チャンスが見えていたのにミスをしたりなどの、
不幸の描き方も色々バリエーションがあるわけだ。

どういう失敗の仕方がリアルなのか、
どういう不幸にどういう不幸が重なると、
よりリアルでより心に来るのか、
そういうことを研究するべきだ。

今回の本題は、
泣きっ面に蜂だ。
つまり、
何かのボタンのかけ違いのように、
不幸は続くという奴である。
踏んだり蹴ったりでもいい。
とにかく何かのきっかけで、
全てを失うくらい転落してゆく、
その様をうまく(つまり集中力が持続して、
目の離せないジェットコースターのように)書けるか、
ということだ。

ご都合ではダメだ。
リアリティが必要だ。

そして当然のことながら、
そのあとはすべての不幸ポイントが、
オセロのように大逆転するべきだ。

つまり泣きっ面に蜂は、
大逆転への布石である。
布石が布石とバレてしまっては面白くない。

あああどうなっちゃうんだああああ、
と転落転落また転落していくべきだ。

幸福の連鎖ばかりでなく、
不幸の連鎖を組むとよい。

これは表裏一体の関係かもしれない。

その黒一色のオセロを白一発で全白にするのが、
クライマックスへの駆け上がりだとすると、
その前は黒、黒、黒と、絶望の淵へ落ちていくべきだ。


ボトムポイントと呼ばれる、
第二ターニングポイントの前のこの暗黒パートでは、
どうやって転落を面白く(興味深く)描けるのか、
ということと関係する。

前半戦では幸福や不幸はそれほど連鎖しない。
後半戦では連鎖する。
どんどん連鎖して、エスカレートするべきだ。
振幅は、どんどん大きくなるのだから。
posted by おおおかとしひこ at 00:52| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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