2020年03月01日

新しい考え

その作品が傑作かどうかの必要条件は、
新しい考えを連れてきているかだと思う。
そして十分条件は、
「その新しい考えについて、
十分に考え尽くされた、最初のもの」
であることだと思う。


アインシュタインは、
適当に思いついて相対性理論を作ったわけではない。
それまでに得られた観察結果や、
従来の理論の不備を鑑みたうえで、
それらを全部説明する、
十分に考え尽くされた理論として、
相対性理論にまとめただけのことだ。

直感に反するウラシマ効果
(光速近くのものは時間が遅くなる)だって、
新しい考えとして出したわけではなく、
相対性理論が正しいとしたらこのような時空構造だ、
という、
考え尽くした上での仮説でしかなかった。
(そしてそれは実際に粒子が崩壊したあとの半減期が伸びることで、
確かめられている)

何も適当にウラシマ効果を思いついたわけではなく、
そこを中心に考え尽くして、
たどり着いた帰結にすぎない。


創造とはそういうことだと僕は考えている。

物語とは、
人生や社会や歴史や、その他の人間のあり方について、
何か新しい考えを連れてくることだと僕は考えているが、
その考えの周りを、
考え尽くしているか、ということだ。

僕は「ニューロマンサー」を読んでいないが、
「マトリックス」は「ニューロマンサー」が元ネタだと言われている。
(そして元々はそれを映画化しようとしてたプロジェクト)
「脳にプラグをつけ、仮想世界へジャックインする」
というアイデアに関して、
「ニューロマンサー」が考え尽くしていたかは分からない。

しかし実際に元ネタを指摘されるわけだから、
殆どのアイデアは「ニューロマンサー」にあったと考えるのが妥当だろう。


「仮想世界へジャックインするのは面白いぞ。
これを使って色んなことを使ったストーリーを書こう。
アイデアABCと色々出てきた。
しかし、あれ?
全部ニューロマンサーにあるやん。
俺は釈迦の掌の上だったのか?!」

になるのが理想ということだ。
(実際、「ニューロマンサー」がそうかは、
未読なのでなんとも言えない)


しかしマトリックス世界においての、
「思いは実現化する」という部分は、
恐らくはオリジナルなものだと思われる。
実際のところはニューエイジのアイデアではあり、
フォースにそれを先駆けられてはいるが、
新しいビジュアルエフェクトとともに提示したことが、
マトリックスの新しさだったのではないかと思う。

実際、マシンガン撮影に関しては、
どんな後続の改良をしたとしても、
所詮はマトリックスのパクリに過ぎなかったので、
これに関しては考え尽くされたものだったということも出来るだろう。


あなたのオリジナルな、
新しい考えとはなんだろう。

あなたが書き終える前に、
誰か他の優秀な人がその考えを知り、
色んなアイデアを出したとしても、
あなたのオリジナル作品の中に大抵あり、
オリジナルの劣化コピーと言われるのが、
理想だ。
他の優秀な人よりも、あなたが必死で考え尽くしたものの方が、
絶対に強い。
なぜなら、オリジナルだからである。



傑作が生まれにくいのは、
この新しい考えが生まれにくくなっているからではないかと思う。
ネットで新しい考えを知ることに必死になりすぎて、
追いつくことしかしてないからではないだろうか。

追いかけるのをやめて、
全然関係ないところから発想しない限り、
誰も考えなかったものは出てこない。

ましてや、その周りのことを考え尽くすのに、
何かを追いかけている時間を使っている場合ではないだろう。


寝ても覚めてもそれのことだけ考える時間は、
創作に必要だ。
スマホは息抜きにはなるが、
創作の足しにはならない。
なぜなら創作とは、「あなた自身がどれだけ考え尽くしたか」
だからである。

今後、底の浅い創作は淘汰されるだろう。
何かの劣化コピーと、完全なオリジナルに二極化すると予想する。
どっちをやりたいかだね。
posted by おおおかとしひこ at 16:16| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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