全く違うものは人は理解できないので、敬遠する。
同じものなら安心するから、手を出す。
でも同じものばかりだと飽きてくる。
今はどっちの時代だろう?
この15年くらい、
日本の映画やドラマは、同じものばかり提供してきたように思う。
「事前に儲かることの保証」をスポンサーにしなければならないがゆえに、
冒険ができなくなったことが大きい。
ビジネスの規模が縮小し、
「10本作って1本当たれば会社は経営できる」という80年代の基準から、
「1本単位で、製作費の倍以上回収目標」という、
製作委員会方式になったことも大きい。
つまり、
映像はギャンブルではなく、保証になってしまった。
利確でないと投資しない投資家にも問題があるが、
それを責めてもしょうがない。
投資家を必要とするビジネスモデルが問題だ。
で、ストーリー論だ。
こういった状況下では、
同じものばかりが要求された。
ヒットしたものを真似する、
ヒットした原作の映画化。
ヒットした芸能人を連れてくる。
それは最初はおもしろかったかも知れないが、
いずれ順列組み合わせの限界がやってくる。
新しい芸能人や原作が出てくる速度よりも、
消費速度の方が速い時、
枯渇がやってくるわけだ。
あるいは、ヘビーな客ほど離れてゆく。
同じものを提供されたら、
「もっと違うものはないのか?」となる。
ないなら去ってゆくだけだ。
つまり、客は初心者しか残らなくなる。
この15年くらい、20年くらい?
フジテレビが「踊る大捜査線」を当ててから、
日本の映画やドラマは、
同じものしか作ってないと思う。
だから、滅びかかっている。
一方、Netflixの黒船が来たが、
新興勢力である以上、
同じものの提供ではなく、
「新しいもの」で勝負を仕掛けざるを得ない。
新しいものとは、
常に前任者の否定だ。
同じものばかり提供する飯屋を考えよう。
ど定番の人気料理はわかるが、
新メニューのない店は飽きられる。
新メニューと称しても、あれとあれとあれの組み合わせじゃねえか、
とバレたら売れない。
今の日本の映画やドラマは、
「新メニュー登場!
天津飯とラーメンを組み合わせた、天津麺!」
みたいなことをずっとやっているに過ぎない。
天津麺って、一生に2回くらいしか食べないよね。
その2回しか持たないものしか提供できていない。
痩せていく一方だ。
我々脚本家が斬新なものを提案しても、
もっと天津麺くらいのやつを、
とよく言われる。
それ、おもしろいと本気で思ってるのかな。
それ、儲かると本気で思ってるのかな。
本気なら僕は願い下げだ。
「これ、儲かるということにしてスポンサーを騙して、
こっちで勝手におもしろいもの作っちゃおうぜ」
というプロデューサーもいるが、
それで面白いものを作れたかはわからない。
で、まともな客も製作者もスポンサーもいなくなり、
初心者レベルの客と製作者とスポンサーが、
ぐるぐる回ってたいへんだって言ってるのが、
今の映像業界のような気がする。
20年前はそれほど目立たなかった瑕疵は、
いまや資金不足で露骨に見えるようになってきた。
バブルの残り香のころは、
ビジュアルが豊かだったから、それだけでも娯楽価値があった。
しかし資金が枯渇している以上、
何も提供できていない。
Netflixは企画を公募していない。
みんな潜り込もうとしているが、
なかなか狭き門だ。
Netflixが日本の映画やドラマをある程度駆逐したら、
Netflixが似た運命を辿るかは、わからない。
不景気と言われて久しく、
衰退の道が見えてきている。
僕は面白いものを書いているが、
発表の場はなかなかない。
脚本をネットにでもアップしようかな。
昔はパクリが怖かったが、
今なら監視が利くかも知れない。
同じものを要求されても、
違うものをつくるべきだ。
転がる石には苔は生えないし、
流れる水は腐らない。
2020年03月06日
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