「夜が明けると、新しい風が肺を満たして」の中には、
映像的な説明があまりうまくないポイントがあります。
映像とは、情報の整理のことです。
情報を整理することで、よけいな誤解を最小限に抑え、
テンポを調整し、引き込む力を強くします。
冒頭の場面から。
【元原稿】
〇パソコン画面
…(略)…
夏子の声だけ「死んだらいいのに」
画面にコーヒーがかかる。
〇夏子の家、リビング(夜)
リビングテーブルでノートパソコンを
触る夏子( 1 6 )。すっぴん、ヘッド
フォン、ジャージ姿。
母( 4 0 )キッチンで皿を拭いている。
父( 4 0 )夏子の隣にマグカップを持
って立っている。
夏子「えっ! えーー!」
夏子、ヘッドフォンを外し、立ち上が
る。
夏子「ちょっと! なにすんのよ!」
観客の目線の誘導がおかしいですね。
僕ならこう書きます。
【添削後】
〇ノートパソコンの画面
…(略)…
突然、画面にコーヒーがかかる。
夏子「えっ! えーー!」
それを見ていた夏子(16)、ヘッドフ
ォンを外し、立ち上がる。
〇夏子の家、リビング(夜)
夏子「ちょっと! なにすんのよ!」
目の前にマグカップ。コーヒーはそこか
ら注がれていた。隣に立つ父( 4 0 )の
仕業だ。
その大声で、キッチンで皿を拭いていた
母( 4 0 )が振り返る。
ヨリから始まっているので、
そのヨリのドラマを継続するべきです。
そこからだんだん引いていくことで、
全体の状況がわかるように書き直しました。
画面、コーヒー、夏子、父、母と、
視線が広がっていくようにしてあります。
議題の中心からはじめて、周囲の点景を添える感じ。
元の原稿では、
画面、コーヒー、リビング全体、父、母、夏子と、
情報の順番を理解するのに時間がかかります。
コーヒーに再注目する前に、
驚きやショックの感情が逃げてしまっています。
「シーンはヒキから入って徐々に寄っていく」
というのは鉄則のひとつですが、
それを守りすぎると逆にややこしくなります。
この鉄則が役立つのは、
「前になにもなくそこから始める時」でしょう。
その前に何かが提示されていれば、
そこからの繋ぎを考えるべきです。
画面で見た情報は素早いセットアップですが、
ドラマの本編は夏子と父の対立。
そこを明快に示したほうが、主題が分かりやすくなるでしょう。
(リビングであろうがなかろうが、
母がいようがいなかろうが、
この主題とは関係ない)
このあと、
どう父と喧嘩するかが最後の和解と関係するため、
大事なドラマが必要なはずです。
しかしここがあいまいなので、
全体のセットアップがし切れていないと感じました。
(全体をどういうドラマにするのかがまず設計されていないので、
ここはなんとなく書いてしまった、と予測します)
あるいは、
「なにすんのよ!」とその場で大切れして、
即家の外へつないで半ば家出状態を描き、
父との喧嘩は省略して、
あとで回想に持ち込む手もありますね。
「おやじ殺す!」とか言いながら出てきて、
目の前に自殺しようとしている隆浩に出会う、
とかなら、
話が早く、わかりやすい出会いになるかもしれないです。
冒頭のつかみには、絵になるものがあるべきです。
それが絵的な印象になるからです。
画面にかけられたコーヒーはそれを意図したものでしょうが、
そこから「その先は橋」まで絵的な印象がほとんどありません。
家から出てすぐに橋があるのは変なので、
たとえば、
向かいのマンションから隆浩が飛び降りようとしているとか、
歩道橋から落ちようとしているとか、
あるいは、
バス会社に当てつけのつもりで、
バス停からバスに飛び込み自殺しようとしているとか、
絵で印象深いものを探すべきでしょう。
そうすると、開始5分くらいで彼の自殺を止めて、
事情を話し始めることが可能になります。
で、「隆浩の家へ行く」が、
第一ターニングポイントになることが可能になるわけです。
こうすることでセットアップを軽く速くして、
中盤のドラマの厚みの確保ができるわけです。
二人の深い事情は、中盤でも回想形式で明かすことは可能です。
それよりも、何かが始まっている、面白そうだ、
という感覚にさせるべきです。
原田さんは普段小説を書いているそうですが、
小説ではこれらの描写に時間はかけられるし、
その描写そのものが面白かったりするので、
ついついそれらを描きがちだということはわかります。
しかし映画では、見た目で何もかも伝えられます。
夏子がどういう格好をしているか、
どういう言葉遣いかで、大体キャラクターはわかるものです。
ト書きに「汚いギャル」とでも書いておけば十分でしょう。
慰謝料を取ろうとしたり、
すっぴんで出てきてしまったこととかは、
以後何にも使っていないので、
省くことが可能だと思われます。
(すっぴんと化粧の関係が、
のちの「本当の姿と動画上の姿」と関係したりしていれば、
すっぴんの描写は是非とも必要)
それよりも、
「どういう興味深い状況で、
どういうドラマが始まろうとしているか」
が重要です。
そこに集中させることが、一幕の役目です。
あとはこの先のドラマの組み方によるので、
そのドラマによって中盤が全然変わってくると思いますが。
また、
映像の強みは、小道具をうまく使えることです。
以前にも書いたかもしれませんが、
「アパートの鍵、貸します」は、
実に小道具をうまく使って、いろんなことを語ることに成功しています。
鍵、割れたコンパクト、エレベーターホール、テニスラケット、トランプ。
ただの部屋のドラマなのに、それらが豊かに語ります。
一切セリフがなくてもわかる、ということが重要です。
参考までに一度見ておくとよいでしょう。
(小説表現においても、うまく小道具を描写しきることで、
同じ効果を出すことはできると思います)
さて、いよいよ本丸の「スカート」に挑みますか。
次回。
2の記事も拝読し「なるほど」と膝を打ちました。
同時に痛いところを突かれたとも思いました。
提出するまで「いい作品が原稿ができた」と思っていたんですが。
指摘されると、全体がボヤっとした陳腐なものに感じます。
いい具合に、痛いところを指摘してくれる人は、なかなか出会えないので本当に素敵なブログだと思います。
しかもテクニックまで惜しみなく公開してくれるなんて……。
以下言い訳のようなものですが
プロットの段階では「天までバズれ!」というタイトルで
おっさんがJKにユーチューバー指導を受ける話だったのですが、
おっさんが主人公だと前回と同じく甘えが出るなと思い、
JKを強いギャル(私の好きなもの)にしたのです。
そしたら、ギャルは主人公なんだから、ストーリーとおっさんと出会うことで幸せにならないとだめだよな。
となったのですが……。
今思うとここでもっとプロットを深く考えていればよかったのやもしれません……。テーマについてもっと考えなおせばよかった……恥ずかしい。
前回も、「絵でイメージする」を指摘されたのに
執筆前に指摘されたところを確認したにもかかわらず
問題をクリアできていなかったところも悔しいです。
来年に向けて、今後アップされる記事を楽しみに
勉強させていただきます!
どんなふうに作品が生まれ変わるのか楽しみです。
長く、長く解説いただきありがとうございました。
「なぜだめか」という指摘は大変難しいのです。
たとえば絵のデッサンが狂っているところを、
ひとつひとつ指摘しても全体がおかしなことになっていることもよくあり、
結局は現実(または描こうとしている理想)からの歪みで、
指摘するしかないです。
ということは、「ストーリーの理想系」について語った上で、
その差分で歪みや過不足を指摘しないといけない。
年一回しかやらないのは、その体力を使うからです。
(プロ相手なら言葉を短くしても通じるけど、
オープンの場なので誤解を生まないようにしないといけない…)
今回の話はダブル主人公と考えると、
双方のストーリーを俯瞰できたかもです。
あるいは、登場人物がもっと多かったらごまけたかも。
集中しすぎたゆえに、欠点も見えやすいというか。
あと「絵でイメージする」と捉えるより、
「絵をイメージさせて記憶させる」と捉えるとはかどります。
バディものの傑作は参考になるかも知れません。
脚本の教科書によく出てくるのは「テルマ&ルイーズ」ですかね。
ボーイミーツガールものでいうと、
名画劇場にギリギリ漏れた「マイライフアズアドッグ」もいいですよ。
今回とはちょっと違うけど、要素は似ている。
また、自分なら「化け物退治はスカートの中で」をどう評価し、
どう直すかを考えるのも参考になります。
完結までおたのしみに。
知識としては知っていますが
じゃあ実際やれとなるとこれがまた難しく
身に染み込ませるには作品数が足りてないと痛感してます。
説明セリフが長いとどうしてもテンポが悪くなるので
これはセリフではなく絵で説明できないか?
を常に気を付けたいと思います。
実際の例題で解説していただけると
非常に分かりやすく勉強になります。
実際には監督が脚本を斟酌したうえで、
絵にし直すこともありますね。
説明台詞にマーカーで色をつけてしまい、
全体を俯瞰するのがいいですよ。
データでなく、物理の紙に蛍光ペンでやると、
全体を俯瞰できます。
15分程度なら、床や広いテーブルや壁に並べられるでしょう。
この、俯瞰した状態が大事です。
なんか多いな、なんとかならないだろうか、
まで気づければ、あとは部分です。
また、「知らないことは絵で見せても分からない」ことは重要です。
特殊な設定は言葉が必要。
つまり、特殊な設定以外は絵でなんとかなるかも、
ということを考えると良いでしょう。
横から便乗する形で質問することをお許し下さい。
今回の「ヨリ」から「ヒキ」の描写方法論についての
質問です。
自分が今描いている作品(終わりまで書いてアドバイスに従い数ヵ月を経てリライト中)についてです。
冒頭、主人公の組んでいたバンドシーンから
始まるのですが、すぐにそれは過去の映像で
今は活動休止中というところから始まります。
そこで、
○ライブハウス・中
ライブの描写(略)……。
やがて画面はパソコン画面に。
○主人公の部屋・中
薄暗い部屋でそのパソコン画面を
ボーッと観ている主人公。
というように描いたのですが、
これだと伝わらないでしょうか?
特に冒頭のライブシーンは次のシーンで
結局過去のパソコン画像だと判明します。
ならば、最初は
○ノートパソコンの画面
と描いてト書きにライブハウスでのシーン
であることを描いていったほうが良いのか?
応募様の添削中お忙しいかと思いますが、
教えて頂きたいと思います。よろしくお願いします。
○ライブハウス、○年前
…
カメラ引いていくと、それはパソコンの画面だった。
○男の部屋、現在、夜
その画面を見続ける男。
部屋は散らかっていて、世捨て人のよう。←ここ適当
みたいに、視点の誘導が明らかにわかりやすくなればいいと思います。
「あるシーンかと思ったら、
カメラが引いて行ってそれはテレビ映像だった」
という演出は、マトリックスあたりが流行らせたと思いますが、
「ああ、あれね」とわかればいいと思います。
情報の順番が理解の順番になれば良いでしょう。