2020年05月02日

【脚本添削スペシャル2020】4 いいところと微妙なところ

さて、「化け物退治はスカートの中で」の添削に参りましょう。

まずはいいところを抽出しておきましょう。


二点あります。
・スカートの中に化け物が潜むという面白いシチュエーション
・ライトアップの伏線の解消

これはよくできていると思いました。
しかし、その他はそんなに良いと思わなかった。


KYKYさんは、ある程度書いてきた経験があると想像します。

初心者が最初からこれを書くことはできないと思うので、
これまで経験してきた蓄積がちゃんと機能していると思います。
これが初心者だったら、
矛盾していたり、変なことになっているけれど、
一応は流れがちゃんとしていて、
「できている」というレベルには達していると思います。

つまり、初心者の「できていない」というレベルを脱し、
次の中級者段階に来ていると思います。

しかし、中級者どまりだといえるかもしれません。
「できているのは当たり前」の世界に来たとき、
次にするべきことは、
感情移入できることや、
テーマにうなることや、
オリジナリティに引き付けられることです。

つまり、「作品として立つこと」
が中級者から上級者への過程で必要だということです。

ただできているだけでは、
「普通に走る車」でしかありません。
物語というのは、一生に一回出会う、
「忘れられないスペシャルカー」であるべきです。


それはコメディであっても同じです。
たとえば「ローマの休日」は、ジャンルとしてはコメディです。
(正確には、ロマンチックコメディというアメリカ特有のジャンル)

インド映画「pk」も、ジャンルとしてはコメディですが、
最高の感動がラストにあります。
そうしたことを目指すべきでしょう。


ということで、
よかった部分をキープしつつ、
何が足りないのか、
列挙してみることにします。

・感情移入
・応援したくなる感じ
・目的
・テーマ
・登場人物に足りないもの

これらは連動して絡み合うものではあります。


解きほぐすために、
「この話の主人公はだれか?」
という問いをしてみましょう。

捜査官のアラギでしょうか。
ヒロインのミカでしょうか。

どちらともいえますが、力点はミカのほうにありそうです。

前記事でも指摘しましたが、
ボーイミーツガール型のストーリーでは、
双方にドラマがあるべきです。

一方的にどちらかが幸せになるのではなく、
二人が出会うことによって、
二人とも、今までなかった幸せを手に入れることが、
ベストと考えます。

ちなみに、ミカが主人公だととらえて、
彼女の目的はなんでしょう。

「イケメンを手に入れること」?
この場合はシバタでしょう。

なぜ?
がさつだったということが人物設定表にはありますが、
本編で描写されているかといえば、
それほどでもありません。

「がさつでモテないミカが、
イケメンシバタを手に入れようとしていたが、
彼に幻滅して、
新しいイケメンアラギの連絡先を聞く」
というのが、
彼女から見た、
目的とその実現のストーリーということになります。

カゲとアラギのチェイスはそこに現れた、
ただの障害です。
つまり主人公をミカとする場合、
メインストーリー(Aストーリー)は、
あくまで「彼女がモテようとすること」であり、
「化け物退治」ではないのです。
化け物はBストーリーに過ぎない。

一方、
アラギが主人公だと仮定すると、
化け物退治がAストーリーで、
ミカのモテようとする話は、
その障害のBストーリーになるわけです。

アラギの目的は、カゲ退治です。

未来世界の人なのか、宇宙から来たのか、
パラレルワールドの人なのか、
アメリカから来たヒーローなのか、
そのへんは明かされていませんが、
とにかく彼は捜査官で、化け物退治が目的です。

ここが少しあいまいですね。
なぜか。
「そこに、感情移入できない」からです。

感情移入とは、
その人物の行動に「そうだ、がんばれ」となることです。

つまり、彼の目的「化け物退治」に対して、
「よし、がんばれ、いいぞ、なんとかしろ!」
と、我々は本気で思いたいわけです。

それが、よくある描き方でしかないので、
あまり興味が引けません。

だから、
もしアラギが主人公となるならば、
僕らは、彼の化け物退治に対して、
本気で感情移入して、そうだ、やっつけろ、
とならなくてはならない。

よくあるネタとしては、
「カゲが目の前の誰かを残忍に殺す」のような悪役側を立てるか、
「娘を殺された」「妻を殺された」のような主人公側を立てるか、
でしょうか。
彼のプライベートな理由がわかり、
カゲを憎む感情がわかると、
我々はうまくアラギに感情移入できるかもしれません。

逆に、ミカが主人公だとすると、
モテないことに我々が心底感情移入して、
シバタとの恋がうまく成就するように我々は願い、
シバタの本性にがっかりして、
彼女の失望をともに感じなければなりません。


どっちも、という手もあります。
そうすると、うまいこと、
ボーイミーツガールの典型になるでしょう。

お互いに足りない部分があり、
それが出会うことで補完される。
それでラブコメとしては、成立しそうです。

どちらにも感情移入して、
どちらにも足りないところがあり、
それが出会うことで変化が起こり、
いい変化として幸せになりました、
ということが必要なわけです。

そうすると、その変化こそがテーマになるはずです。

ミカに関しては、がさつでなくなることがテーマ。
アラギは? 過去にこだわることかな?
そのへんができれば、
もうこのストーリーはできたも同然。

しかし、それがあまりにもできていないのがこのストーリーの欠点です。
つまりいいところを除けば、ほぼ全部。


理想を言えば、
二人の事情はテーマの裏表になることが美しいといえます。

あるひとつのテーマに関して、
ミカは表のことで悩んでいて、
ひっくり返して、アラギは裏のことで悩んでいる。
ふたりが出会うことで、コインの裏表は、
ひとつのものとして完成する。
こうした構造だと理想的でしょう。

そんなにうまくいくかな。
ちょっと考えます。



ただたんに、「脚本形式になっている」では、
まだストーリーとは言えません。
起承転結があり、
問題が起こって、うまく解決したとしても、
まだストーリーとしては微妙です。

「それが何の意味があるのか」
「本気でそこに感情移入できるか」
「見終えたあとの読後感や満足が一生続くか」
(コメディであるからには、幸福感が重要)
「それがオリジナルか」
といったことが大事です。

ということで、
この脚本は、二点はいいところがあるものの、
完全なストーリーになるには、
根本的な欠落があることがわかります。

普段はこの足りないものは、
「足りてないから却下」とできるのですが、
応募数が足りていないので、
ちょっと大変なこれに挑むことにしました。

原田さんのストーリーでも同じく欠けたところが大きく、
どちらを添削するかで迷いましたが、
どちらでも同じくらい大変なので、
前回原田さんを添削したので、今回はKYKYさんに機会を譲ることにしました。
しかし大体どちらも同じような構造上の欠陥があるため、
どちらでも似たような議論になると思います。


添削のハードルだけが上がっているような気がしますが(笑)、
とりあえず次回。
posted by おおおかとしひこ at 00:04| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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