2020年05月23日

なんて過酷な運命なんだ

物語の作者はマゾであり、サドでなければならない。

「なんて過酷な運命なんだ。この世に神はいないのか」
と皆が嘆くほど主人公を追い込むサドでありながら、
その窮地を脱する方法を考え出すマゾであるべきだ。

まるで一人SMだね。


これを作るコツ。
まず簡単なストーリーを考える。

簡単な問題を作り、
それを解決する主人公の話をつくる。

問題をA1、解決をA2としよう。

で、A1よりも過酷な問題、B1を考えるのだ。
そしてうんうん唸り、解決B2を考えたとしよう。

このとき、ストーリーはこうなる。

A1→B1→B2→A2

A1からA2へ向かうどこかでターニングポイントがあり、
問題B1をも抱え込むようにすれば良い。

B2を解決したら、
いよいよA2の解決をすればいいぞ、
となるわけだから、ここは第二ターニングポイントになるかもしれないね。

あるいは、B2→A1は雪崩式に一気に解決するかも知れない。
B2が解けたらA2も解ける、
みたいな連鎖条件を組むこともできる。

あるいは、B2の解決はA2を含む、
ようにすると、B2イコールA2となって、
解決の瞬間は一発になり、うまくまとまる。


もう大体予測してるだろうが、
B1より更に困難な問題C1を考えればいいのである。

で、その解決C2を用意し、
C1→C2のストーリーをつくる。

そうすると、ストーリーは入れ子構造になるわけだ。


A1→(B1→(C1→C2)→B2)→A2

とね。()は入れ子構造をわかりやすく示すだけの記号だ。


「なんと過酷な運命なんだ。神はこの世にいないのか」
と思わせるためには、
C1より更に困難なD1、E1…と入れ子にしていけばいい、
ということが分かるよね。

そして当然、解決D2、E2は、ペアとして考えるわけだ。

この方法のコツは常に解決を用意しておくことで、
無茶振りで終わりにならないことである。

どんどん過酷な運命へ放り込むことは、
誰でも出来る。
エスカレートしていけばいいからだ。

でもそれはいずれ「思いつきませんでした」落ちになるに決まっている。
カオスにしかならない。

このやり方だと、
「少なくとも一個外の部分の入れ子までは、解決方法が分かっている」
という安心感がある。
だから今考えている過酷な問題と解決が思いつかないなら、
一個外の入れ子まででストーリーは確定なのである。

ここがマゾの部分だ。
もっともっと酷い目に合わせられたものを、
ひいひい言いながら解決法を考えるのである。

思いつかなければ、一個前のマトリョーシカまででおしまい。
思いつけば、もっと過酷な運命と見事な解決が手に入る。


こうして、
ストーリーはより複雑に、過酷になり、
そして見事に解決するものになるのである。


問題は、主人公に降って湧いた自然な何かでもいいし、
他人の悪意や善意による妨害でもいいし、
状況的な困難でもいい。
そしてそれらの複合的なややこしい問題でもいい。

とにかく、過酷へ、過酷へ、過酷へ。
それを入れ子で解決、解決、解決。

解決が連鎖的に行ければいいけれど、
そうもいかないこともあるので、
ラス前が第二ターニングポイント、
ラストがクライマックスになるように、
いろいろ調整すればいいだろう。


主人公はどうなったら、
悔しい?泣く?絶望する?焦る?心配する?
気が気でなくなる?我を失う?怒りで爆発する?
我が身を呪う?叫ぶ?涙を流す?血の涙を流す?

それを考えるのはサディズムである。

それを見事に解決することを考えた上で、
もっと困難を、というのはマゾヒズムである。

こうやって、
入れ子構造の一人SMが、
見事なストーリーのタペストリーを織り上げるのである。
posted by おおおかとしひこ at 00:03| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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