2020年06月12日

触覚の話2: 加加速度

こないだこのような新しい概念を知ったので議論する。

結論からいうと、
「加加速度が0の車は、乗り心地がいい」らしい。
物語の勢いの制御の話。


加加速度の定義は、加速度の時間微分である。

理系には、位置の三回微分といえばわかるだろう。
そうでない人むけに説明する。

加速度というのは、速度がどう変化するかだ。

速度がどんどん増えていくとき、
加速度はプラスの値を取り、
加速している(増速している)という。
速度がどんどん減っているとき、
加速度はマイナスの値を取り、
減速しているという。

スピードが増えも減りもしないときは、加速度は0だ。
この時等速という。
クルージングとは、だいたいこういう時をいう。
(高級車のクルージングモードとは、
大抵高速道路の安定した等速状態のときに、
エンジンの回転(一定)を安定させ経済的に回すための、
設計を指すことが多い)

加速度が変化するとどうなるか。

増えると、増速感が増える。
アクセルベタ踏みの一定の加速ではなく、
加速が加速していく感じ。
車で言えばギアチェンジだろうか。

加速度が減ると、加速が減速する。
つまり、一回加速を始めたのに、
勢いがなくなったように思える。

加速度が変わらないとどうか。

予想した勢い通りに加速していく。
あるいは、予想した通りに減速していく。

これが加加速度だ。


加速度をなるべく一定に保つと、
「予想通りに加減速が起こる」のである。


車の運転にたとえよう。

簡単のために、以下カーブを考えず直線のみとする。

下手くそな運転とは、
「予想の加速や減速に対して、挙動が外れる」
ことである。

お、加速し始めたと思ったら減速したり、
減速して止まるかなと思ったら加速したりすることだ。

「ギクシャクした感じ」と言葉で表現されるが、
起こっていることは、このようなことだ。

(具体的にはギアチェンジがスムーズでなかったり、
ブレーキングがポンピングするのだろう。
僕は免許を持ってないのでこれ以上の知識はない)

勿論、路面が一定でないだろうから、
それの反動を運転で押さえて、
まるで路面が一定であるように思える運転が上手い運転だろう。

つまり、予想は、路面は不規則でなく一定である、ということだ。



理系の人ならば、
「うまい運転とは、位置の三回微分(加加速度)を一定にすること」
というと、そうだよねと理解できるのだが、
そうでない人むけにわかりやすく開いた。


で、本題。


物語の勢いも、こうであるべきだ。

物語というものは、
静止したポスターや彫刻やカタログではない。
時間軸を持つ、音楽と同様の形式である。

つまり時間で微分可能だ。

どういうことかというと、
ストーリーには「勢い(速度)」があり、
「勢いの変化(加速度)」があり、
「勢いの変化の、予想(加加速度)」がある、
ということである。


スムーズなストーリーというのは、
それらが滑らかに接続されている。

それが不規則に加減速を繰り返すと、
私たちは乗れない。

とてもギクシャクすることを感じる。

スムーズなストーリーというのはスムーズな運転に似ていて、
加速するべきところ、
つまり加速して欲しいところで加速して、
減速するべきところ、
つまり減速して欲しいところで減速する。

それが最も気持ちいい。

ただしクルージング、すなわち「現状維持」はいずれ飽きるので、
どこかでいいことが起こって加速したり、
悪いことが起こって減速するわけである。



よくストーリー分析で、
横に時間軸、縦軸に±を書くグラフを、
見たことがあると思う。
これは、この加減速の表を示している。

滑らかな加減速、つまりうまい運転とは、
このグラフが滑らかにつながっていて、
折れ線グラフになっていないことだ。

しかし厳密には、
そこが折れ線なのか滑らか曲線なのかは、
「ストーリーの勢いを感じる感覚」
でしか判別できないから、
体感グラフで書くべきなのだが、
運用上は仮に滑らかな曲線として書かれるよね。


僕が物語とは触覚である、
と主張するのは、
「勢いを感じる感覚」
「勢いの変化を感じる感覚」
「勢いの変化が滑らかなのか唐突なのか感じる感覚」
があるからだ。
(最後の例が加加速度)

脳波を通じてグラフ化が可能なのかしら。いつか出来るかも。


で、
我々脚本家が考えるべきことは、
「うまい運転のようにストーリーを書こう」
ということだ。

つまり予測させ、その通りに加減速するのだ。
伏線を用いることは、この具体的手段のひとつだ。

あるいは説明を省略したりしていきなり状況に放り込むのは、
予想を裏切る、クルージングを避けるドキドキである。


逆に、下手な説明や余計な段取りや、
省略しすぎや唐突やご都合は、
下手な運転(加加速度にぶれがある)のである。



これまでは直線上を考えていたが、
左右のカーブを取り入れよう。
ひねり(ツイスト)だ。
あるいは上下を考えてもいい。

つまりはジェットコースターや、戦闘機の機動である。

ジェットコースタームービーというのは、
言い得て妙なのだ。

戦闘機マニューバーストーリーというのは、
寡聞にして聞いたことがないが、
どういうものだろうね。

アクロバット的な、ならあり得るかな。
空中ブランコのように、
複数の勢いが見事に交差したり分かれたりするものだろうか。



で、前記事に接続すると、
こうした「勢い(以下略)を感じる感覚」
というのは、
手書きが実は一番ビンビン来るんだよね。

路面を直接手で触っている感じ。

タイピングやエディタを使った作業では、
隔靴掻痒だと僕は思う。
逆に、タイピングやエディタしか使ったことない人は、
アスファルトタイヤを切りつけながら走る感覚を、
ちゃんと手で味わったほうがいい。


そういえば昨日テレカンで90秒のコンテの打ち合わせをしていたのだが、
画面が狭くて全部を一覧に広げられずイライラした。
なので全部紙焼きして、
A4を6枚広げて俯瞰しながら話をしていた。
この程度の情報量すら、
4Kモニタ2枚でも足りないと思う。

電波の向こうの人たちはその貧弱なPCで、
一々pdfをめくって前のページに行ったり戻ったりして、
視野の狭いところで部分しか理解せず、
部分と全体の関係について理解できず、
たぶんちゃんと分かってないと思われる。


勢いの感覚は、
全体を流すときにしか得られない。

なぜなら、任意の部分の勢いは、
前からの影響をすべて受けているからだ。

それを手っ取り早く感じる方法が、
手書きというわけ。


ものすごく簡単なことなのに、
やってる人がいない。

たぶん頭が悪いか無知で、デジタルを動かすことで手一杯で、
その外にあることを想像できていない。

私たちは勢いを感じる体感覚(触覚の一部)を、
持っているということに。
posted by おおおかとしひこ at 14:38| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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