2020年07月01日

全部まるごと書くことはできない

表現の基礎なのだが、
学ぶ人すべてが理解しているわけではないと思う。

「あることを、まるごと表現された世界にぶち込むことはできない」。
これは表現の公理だと言ってもよい。
すべてはここから出発する。


たとえば。
「自分が思う世界を再現したい」
「自分が思う人物のすべてを余すところなく表現したい」
「自分が思うすべての可能性を描きたい」
などは、
表現を志す者の、動機のひとつである。

箱庭をつくることを思い出そう。
世界のすべてをそこで表現した。
しかし箱庭では物足りなくて、
もっとリアルで、精細な表現をしようと志したのだろう。

しかし、すべての芸術に言えることだが、
「すべてを再現、構築することはできない」ことは、
心にとめておくことだ。

なぜなら、どんなことをしたとしても、
現実の情報量は莫大で、
たかが人間一人の作ったものよりも、
全然世界は大きいからだ。

つまり、
表現とは、どこまでいっても箱庭なのだ。

画質がよくなっても、手間がものすごいかかっていても、
構造が膨大で世界が緻密でも、時間が長くなっても、
「現実の世界」より情報量が少ないのである。

(これはパラドックスのようなもので、
現実より芸術のほうが総合情報量が大きかったら、
この世界に存在できないわけだ)


つまり、あなたの、
「世界を丸々この表現世界に再現したい」
という欲望は実現しない。

まずこれをあきらめることだ。

じゃあ、プロはどうやって、
ときに現実より豊かな世界をつくっている(ように見える)のか?

「選ぶことで」である。


表現とはすべて箱庭だ。
石で岩を表現したり、
クレヨンで水を表現したりしたものを頭の中で思い浮かべるとよい。

それはなぜ岩と水を選んだのか、
ということだ。
そしてさらに重要なのは、
岩と水以外をなぜ選ばなかったのか、
ということだ。

箱庭だから、
表現に限界があり、
これしかできなかったから、という言い訳では、
いま議論していることを正確に言い表せていない。

箱庭とは、現実の誇張だからだ、
というのが正解だと思う。


表現とは、現実の膨大なものから、
次元を落として表現したものである。

大自然や庭のようなものから、
岩と水だけを選んで表現したものだ。
逆にいうと、
表現するときに、表現以外のものを捨てている。

表現とは誇張である、
という言葉は、こういうことを意味している。


誇張というと、
笑うときの顔を大袈裟にしたり、
日常のことを銀河系の存亡に例えたり、
そういうことを想像してしまうが、
「表現とは誇張である」というとき、
それ以上に、
「現実のある部分を選択し、それ以外の要素を捨てたことで、
現実以上にそのことの存在が誇張されている」
ということに他ならないのだ。

野球を題材にしたストーリーでは、
サッカーの存在はないものになっていて、
世界に野球しかない勢いだろう。
それは野球を選択して、サッカーを捨てているわけだ。

恋愛を題材にしたストーリーでは、
政治や人種差別や炎上問題を捨てているだろう。
恋愛が世界のすべてであるように、
誇張しているのである。

つまりそれは、
「作者が世界をこう捉えたとして、
そこに選択された誇張された空間でやることにします」
という宣言に他ならないのだ。


表現をするとき、
つねにこのことを考えてなくてはならない。

あなたが何かをするとき、
しなかったことは選択しなかったことであり、
それは世界の誇張に役立っている。



世界のすべてを芸術で記録することはできない。

代わりに、表現とは、
世界を誇張して、それ以外を捨ててかかり、
ごく限定した空間で何かを作り上げたもののことだ。


このことを理解していると、
「よし、これで勝負だ」
と、何かを捨てて何かだけを残すことができる。

「ええーもったいない、せっかくつくったのに、
世界の全部がこれで埋まるのに」
と思っているならば、
それは芸術とは選択である、
ということを理解していないということだ。


もちろん、
表現したいことに対して、
表現されたものが足りなければ、
「全然足りてない、捨てすぎ」となるし、
多ければ、
「無駄が多い。もっとソリッドにできる」となる。
何をどれだけの世界の範囲で表現するかは、
あなたが決めることだ。

そしてそれは世界のすべてを原理的に内包できない。


代わりに、
人間には類推力があるため、
一を聞いて十を知ることができる。

あなたは、その一を何にするか決めないといけない。
十を悟らせる一とは何かを精選する。

それが、表現のもっとも底にいるべき基礎だと思う。


言いたいことがたくさんある?
それは表現というものを、
何一つわかっていない素人だ。
posted by おおおかとしひこ at 00:12| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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