2020年07月02日

練習は何が自分がうまいか発見するためにある

練習は嫌いか?
つらいから嫌いか?
僕はそうは思わない。
なぜなら練習して成長した経験があるからだ。
成長しない練習しかしたことのない人は、練習が嫌いだろう。
成長する練習とは、どのようなものか。


基本的には、
泥にまみれる必要がある。
スマートな練習などない。
練習とはつねに液体を垂らしながらやるものだ。
汗でも涙でも鼻水でも血でも精液でもよい。
とにかく泥にまみれることが大事で、
全力を出し切らないスマートな練習など、練習のふりに過ぎない。

で、そこで自分を再発見しないと練習の意味などない。
これは辛い、これは苦手、
これは得意、これは楽。
これらを仕分けすることに、
練習の意味がある。

だから得意なことをやるのは、練習でもなんでもない。
何がつらいか、やってみるまで分らないからだ。
一回挫折したことでも、いまやってみたらできるようになっているかもしれないし、
やっぱりダメかもしれない。
それはやってみないと分らない。

で、本気でやってもダメなことを把握したら、
何はできるのかも把握できると思う。
そしてそれを言葉にしておく。
自分はこれが得意、自分はこれが苦手と。

得意なことだけをやってみよう。
どんどん進むだろう。
それで自分の得意パターンをつくっても良い。
それは作風とよばれ、オリジナリティを生むだろう。
あなたが得意なことは、他の誰もが得意とは限らないから、あなたの強みになるかもしれない。
(みんな得意だから、平凡かもしれない)

さて。苦手は放置していても良いか?
しばらくそれを避けることは賢い生き方ではある。
しかしいつかそれに挑戦して克服すれば、
あなたの武器になるかもしれないのだ。

あなたの弱点が分れば、
それが得意な作家、
それを苦手とする作家を探すことができる。
(ググっても出てこないから、
これまで沢山見てきた作品から、記憶で探すしかないよ。
こういう時のために、普段から沢山見ておくことはとても大事だ)

得意な作家はどうやっているか勉強する。
模写する、真似をする、アレンジする。
苦手な作家の失敗を反省してみる。
どうすればよかったのか、こういう躱し方はなかったか、こういう解決策が出来たのでは。

そうこうしているうちに、
その弱点に関する知見がたまる。
苦手なものは、詳しいものになる。
そうすると、いつかそれを克服できるようになる。

大逆転するほどでもないが、
普通に書けるようになっていることが多い。

じゃあ得意なことに戻ったら、
欠点のないオリジナリティがそこにあるぞ。


最初が肝心だ。
つまり、
「自分は〇〇が苦手である」と言葉にすることがだ。

キャラクターが弱い、だけでは不十分で、
キャラクターのセリフが弱い、かもしれないし、
キャラクターの感情移入が弱い、かもしれない。
なるべく細かく分析していくことだ。
あるいは、キャラの初登場のインパクトが欠けている、
などのピンポイントに気づくかもしれないしね。

細かければ細かいほど、
観察も細かくなる。
「あの人はどうしているのか」という研究が進みやすい。


そうしたことに気づくには、
なんでも本気でぶち当たることだ。
そうすると、自分がこんなに本気を出しているのに、
なお足りないところがあぶりだされるわけだ。

プロは毎日こんなことを考えている。
アマチュアが考えないでいいはずがない。


だから、わざとやっていないことをやるのである。
逆張りではない、ほんとうの苦手領域の挑戦だ。

得意技を磨くのは大事だ。
しかし剣はいつまでも切れるものではない。
泥に足を取られ、剣が振るえないこともある。

そのときに生きるのは、
「あのときそういえばこうやったな」
だ。

いまが、その、あのときだ。
posted by おおおかとしひこ at 01:02| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。