2020年07月14日

【薙刀式】息継ぎのたびに小指を使うのは変じゃないか

親指シフトが句読点に小指上段を使うのは変だと、
以前から思っていたのだが、
JISかなも句読点のたびにシフトキーを使うので小指を使うことに、
気づいてしまった。
句読点だけで大体5.5%の出現率。
ぼくはこれを多いと感じる。


qwertyのAの小指12%に比べれば、
たしかにマシかもしれない。

僕はそれでqwertyのブラインドタッチを諦めた。
(昨日久しぶりにqwertyやったら、
左人差し指でAをブラインドタッチしてた。
人間すげえと思った)

また、Ctrlキーと組み合わせて、
色々なテキスト編集ショートカットを繰り出す、
Macのキーバインド(もともとEmacs)は、
とても美しいと思うが、
僕は左小指の多用に耐えられない。

だから薙刀式のショートカット起動キー(編集モード)を、
「人差し指+中指+何か」に統一した。


エンターは右小指派、右薬指派がいるらしい。
僕は中指か、人差し指+中指の二本で打つ。
(中指+薬指、薬指一本のときもある)

もともと「これじゃ効率が悪いな」と思って、
ブラインドタッチを学ぼうと思ったのだが、
小指一本を動かすのに耐えられなくなった。

愛機のMiniAxeは、Lower+;にエンターをバインドしているが、
薬指で打ってるし、たまに中指でも打っている。
(薙刀式ではV+M。
英字バインドではこれが使えないので、
パスワード入力ではエンターを使わざるを得ない)
標準運指なにそれ、の運指だと自分でも思う。


当然、109キーボードでは、
全角半角、タブ、シフト、BS、左下Ctrlなどは、
サイトメソッドかつ中指で打っている。
ひどいときは人差し指だ。

つまり僕はそれだけ、
小指を使ってないし、これからも使いたくない。


カタナ式を作ったときは、だから、
「小指不使用」の夢を果たした。
しかしローマ字の打鍵数の多さと、
脳内発声の邪魔さが嫌になり、
薙刀式へ移行して、
流石にカナ配列で小指を使わずにまとめることが出来ず、
嫌々2%と3%の出現率の小指を使っている。

僕はこれでも多いと思う。
他の機能キーも小指にバインドしてないのにだ。


親指シフトの句読点小指は、
僕にはひとつも納得できない。
「息継ぎのときに小指がアクセントになる」
という意見をたまに見かけたが、
意味が分からない。
脳が考えをあらわし、そこがひと段落したら、
なぜ毎回最弱の指がいじめられなければならないのだ。

僕が親指シフトを強制されるなら、おそらく句読点のない、
平安時代のような文になるかもしれない。


同様に、JISカナの句読点にシフトが必要な理由も、
意味が分からない。

アナライザーが間違っていなければ、
(短文で数え上げでチェックしたが間違ってないよう)
先日の夏目の文章で、
あんなに小指シフトが多いとは、
まったくの予想外としか言いようがない。
右小指外が多いのは体験して知っていたが、
左小指のシフトの多さにびっくりする。

JISカナタイパーは、
拗音と撥音しかシフトを使わない
(句読点はランダム単語勝負では出てこないし、
「を」も出てこない)から、
これらはだいぶ抑えられることになり、
議論すらされてなかったのだろうか?

それ以前のJISカナ世代、
たとえば音声の文字起こしのような世代の声は、
ネットで拾うことは困難だ。

JISカナ使用者かつネットで拾えるのはタイパーくらいなので、
実際の文章表現での句読点のシフトについて、
面倒だと思ってるかどうかまで、検索出来なかった。
(いま「かな入力」ではフリックの方がヒットしてしまう…)


句読点は文の構造、すなわち思考の構造の構成点である。

そのたびに最弱の小指を使わされるのは、
合理的とは思えない。
強い指、人差し指や中指や親指ならばわかる。
足でフットスイッチを打ってもいいくらいだ。
章の切れ目は座っている椅子を360度回転して入力でもいいくらい。

つまり僕は、意味の強さと打鍵の強さを一致させたい。


一方、それでも快適という人もいるから、
小指の強さや器用さは人によるとしか言えない。
ただ、それが不快でない人だけが淘汰されずに残った、
という見方も出来る。
それが人類で少数に属する限り、
「小指で構造点を打つ」は、
特殊な少数派なのではないかと思ってしまうわけだ。
(人間は常に自分を多数派だと思いたがる性質がある)

指の感覚は主観で測られるため、
なかなか語ることが難しい。

なんとか客観で測れないかと思い、
以前トリルの秒数を測定したり、
握力を測ってみたりしたが、
今回は「意味と指の関係」なので、
ますます頭の中にめりこんだ関係性だ。

議論、つまり主観をなるべく除いて語ることが難しく、
他人の主観同士のすれ違いばかりになりそう。
「僕はいける」「僕はいけない」
の連呼で、じゃあ数で決を取りましょう、の愚に行きそうなので、
これ以上書くべきでないかもしれない。



文意の構造を決めるポイントを、
僕は自分の意思を最も伝達する指で打ちたい。

薙刀式では親指+人差し指だ。
小指を使うのは、やっぱりよく分からない。
qwertyの中指薬指も嫌いだ。両方中指下段ならまだ納得した。

小指派の方がいたら、その魅力を主観でいいので語って欲しい。
句読点以上に大事なことを人差し指や中指でやっているのだとしたら、
それも知りたい。
posted by おおおかとしひこ at 11:49| Comment(2) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「親指シフトが句読点に小指上段を使うのは変だ」と書かれていますが、句読点に小指上段を使うのは「親指シフトというシフト形式」には全く関係ありません。

とか、いちいち区別するのがめんどくさいので、私は論理配列名で呼称します。

句読点はブレスです。ブレスで一回休むなら、打ちにくい小指で十分。それよりも、打ちやすいキー(打鍵コストの低いキー)に「カナ」を優先的に配置しよう! というのが、蜂蜜小梅配列のポリシーです。打ちやすいキーにはカナを、句読点は二の次、記号は三の次で配置しました。素早く動かせる人差し指に句読点や記号を置くなんて、なんともったいない! ※ただし[Y]と[B]を除く。

句読点はブレスだから打ちにくい場所でいいという考え方は、飛鳥カナ配列を踏襲したものです。句点「。」の次は「こ」が来やすいけど、ブレスが入るから同指異鍵が気にならないという飛鳥理論も一緒にパクってます(笑)。

Nicola 配列がQZP@に句読点とカンマ、ピリオドを置いたのは、「カナを並べ終えて残ったキーがQZP@だった」という消極的な理由だったようです。蜂蜜小梅配列は開発当初こそ「句読点のNicola配列互換」を標榜していましたが、後に「句読点はQ@がいい」と積極的に現在の場所をメリットとしてアピールするように変わりました。

JISカナ配列は昭和の頃に使っていましたが、打鍵感は記憶の彼方です。

私が最も打ちにくいと思うキー(打鍵コストの高いキー)は[P]です。[YB@]よりも断然[P]が嫌いです。そして不思議なことにカナを置いた[P]は小指で打てないのに、記号を置いた[P]は小指で正確に打鍵できます。辺境にカナは合わないので、句読点や記号を置くのが合理的だと判断しています。配置に意味は求めません。

「息継ぎのたびに小指を使うのは変じゃないか」というお題に回答するのは、蜂蜜小梅配列作成者の私が最もふさわしいだろうとお邪魔してみましたが、大岡さんが期待するような内容になっていなかったら御免なさい。
Posted by 141F at 2020年07月15日 01:40
141Fさんコメントありがとうございます。

本音をいうと、
僕は「右手人差し指一本で書きたい」のです。
他の指を使うのはめんどうでしょうがない。
出来ればペンで生きていたいのですが、
文字打ちしないでデジタルを使わないわけにはいかない。

なので、最近はフリックで人差し指一本で書くことが多いです。
2000字くらいまではフリック、それ以上は薙刀式と使い分けています。
なので、小指はできれば一生使いたくないのです。
ブレスのたびに嫌いな小指を使うのは、
呼吸が苦しくなることと同じなので。

こうした、指の使用頻度分布には、物理的耐久性にくわえて、
「本人がどれだけ自由になるか」という主観があると思います。
楽器経験者のほうが指の独立や意識が通ることに有利とよく言われますが、
僕は人差し指と中指だけ使っていたいので…

小指上段は辛うじて@は打てますが、
流れるようには打てないので諦めました。
それよりも「小指上段はなしとする」の方が潔いなと。


自分のデフォルトの指の感覚と他人のデフォルトの指の感覚は、
だいぶ違うと思うので、
こうして自分の感覚を話すことは、似たような感覚/全く違う感覚を持っている人の参考になると考えています。
Posted by おおおかとしひこ at 2020年07月15日 09:26
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