配列を見るときは、それがどういう理屈を優先したり、
取捨選択をしているかを読み取れると面白くなる。
ある配列は○○を優先していて、別の配列は△△を優先、
という捉え方も面白いし、
この配列では、このへんは○○重視だけど、このへんは△△重視なんだなあ、
というバランス感覚を読み取るのも面白い。
それは配列作者しかわからないのは勿体ないので、
解説をしてみよう。
以下のようなものがあると思う。
1. 射程
2. 指の見積もり
3. 連接の見積もり
4. シフトの見積もり
1. 射程
その配列はどのような使われ方を想定しているか、
ということ。
薙刀式は「物語を書くための配列」として、
縦書き専用の配置をしている(横書きバージョンもある)し、
一日1万字程度の作業量を楽にすることを目標としている。
秒単位の速度よりも、どれだけ疲れずに打てるかが基準。
いろは坂はタイパー御用達で、
すべての指に負担を分散してなるべく速く打てるように考え抜かれている。
極論だけど、「今速く打てれば死んでもいい」
みたいな刹那を感じることがある。
新下駄は、「楽なことは速いこと」と明確にそれらは必要十分条件である、
と考えていて、タイパー用でもあり実戦用でもある。
飛鳥は速度より量を重視しているように思う。
蜂蜜小梅は、早打ちや大量文よりも、
街乗りのカジュアルさを重視しているそうだ。
小回りが効くシティーカーみたいなことだろうか。
新JIS(センターシフト版)は、
「すべての人に簡単なカナ配列のブラインドタッチを」
がコンセプトだと思う。
覚えるのは3日もあれば十分だ。
トップスピードは600字/10分程度が想定だったらしい。
これは僕の現在の薙刀式の1200の半分だが、
「すべての人に簡単な」を重視した結果ということだ。
Eucalynは、プログラマーのための配列だ。
「コーディングも日本語ローマ字も同じ配列で」
を考えたものである。
HJKLカーソルを十字配置したり、
ZXCVを動かさなかったりなど、
機能面でも文字書き面でも配慮がある。
(反面、日本語専用と考えるには性能は劣る)
親指シフトは、
「qwertyローマ字より、JISカナよりまし」
がコンセプトだろう。
80年代当時は最強だったが、
qwertyローマ字の普及に従って、層の厚さに抜かれたと思う。
「親指が他の指と同時打鍵して文字を変化させる」
コンセプトは画期的で、
「他の指と同時だとしたら」
「同時でなくても良いのでは(通常、前置、後置)」
などの他のシフト方式の発想の礎となった。
作者が、「文字打ちをどのように考えているか」
によって、配列のコンセプトにもろに出ることがある。
また、明言していなくても、
暗黙の何かがもろに出ることだってある。
qwertyローマ字やJISカナの設計の裏には、
「タイピングは特別な技能を持った女にやらせることで、
全員必須な技能ではない」
というタイピイストを一段下に見た発想があったはずで、
「だから優しく使いやすい必要はない」
という甘えがあったと僕は思っている。
一方、フリック入力は、
「誰もが、アホでも使える」がコンセプトで、
日本人がTwitterやLINEが大好きなのは、
フリックと爆発的に相性がいいからだ。
しかしフリックで1万字を書くことはたいへんで、
精々2000字だろう。
2. 指の見積もり
ヒートマップや、頻度表などという言葉で結果的に示される。
人差し指>中指>薬指>小指
の順で強いと考えたり、
いや、人差し指は伸ばし位置も担当するし、
中指>人差し指と見積もるべきだ、
と考えたり、
小指伸ばしを楽に見積ったり、厳しく見積ったり。
たとえば親指シフトは、
「人>中>薬>小」と主張するものの、
実態のヒートマップはそうでないなど、
理屈と実践に差がある配列もある。
数字段をどう扱うか(4段は可能派と、無理派)にも異同はあるし、
RTYUの人差し指上段、
QPの小指上段(これを薬指で取る派もいる)、
Z/の小指下段あたりを、
どう評価しているかで、
自分の手との相性が異なる可能性がある。
左右差も議論のネタのひとつで、
右手の方が負担が大きいべき
(左利き用は左右反転でよし、と考える派も多いが、
僕は左ロウスタッガードを使う限りは鏡像反転は間違いだと思う。
格子配列などの左右対称キーボードならいいけど)、
としたり、
左右は均等にするべし、と考えたり、
右に圧倒的に振った方がいい、と考えたり、
連接は器用な右手に任せ、
左手で打つのは連続しない1打鍵、と考える派もある。
また、「よく使う文字はホーム段」
「最も使う文字はFJ」
などは新配列の合理の常識だ。
(ローマ字で最も使うのはAなので、
たいていの新配列のAは人差し指だ。
しかしqwertyローマ字からの移行を考え、
Aを小指から動かしていない配列もある。
僕はこれだけはちゃんちゃらおかしいと考える)
また、統計的出現率だけで全てを決めることは出来ない。
ある文字とある文字には、強い連接や弱い連接があるからだ。
それらを考慮した上で、文字は並べられていることが多い。
これらの意図は、すべて配列図に込められている。
慣れていればそれらを読み取ることが出来たりする。
しかし普通の人はそうじゃないだろうと思い、
このようなことを書いているわけだ。
3. 連接の見積もり
特定の文字の後には、特定の来やすい文字があり、
特定の来ない文字がある。
英語ではEが頻出文字だが、
Eの次はRが来やすい。OやQは滅多に来ないだろう。
日本語ローマ字では五母音ではEが一番でない。
そのあとは子音全てが来やすいだろう。
日本語のカナにおいては、
2gram(二連接)、3gram(三連接)、Ngram(N連接)
のカナが設計上重視される。
これらの来やすい連接を、
打ちやすい指の組み合わせにするべきで、
打ちづらい指の組み合わせ(同指連打、段越え)にするべきではない。
滅多に来ない連接を、
打ちづらい指の組み合わせにしてもよい、
というのは合理だが、
「滅多に来ない組み合わせでも、
重要な言葉は打ちやすくするべき」
という考え方もある。
たとえば薙刀式では、
統計では下の方だが重要な「ぼく」の運指
((ZJ同時)H)は考慮ずみだ。
「打ちやすい指の組み合わせ」をどう考えるか、
にいろいろな考え方がある。
片手アルペジオ(隣指でタランと打てる運指)重視か、
左右交互重視か。
指の長さや運動性能まで考慮に入れて、
アルペジオを設計しているか。
(たとえば、中指薬指のアルペジオにおいて、
IL、LIは両方打てるが、
KOとOKでは打ちやすさが違う)
右のアルペジオと左のアルペジオは、器用さにおいて異なるし、
左ロウスタッガードでは異なるだろう。
左右交互は安全牌の運指だが、
高速打鍵において、たとえば右が左を追い越すなど、
混乱が起こることがよくあり、
かつては重視されたものの、
近年では抑えられる傾向にある。
また、新下駄などに特徴的だが、
文字キー内にシフトキーがある場合、
「シフトキーからのアルペジオ」にも配慮がある場合がある。
月配列ではDKがシフトキーだが、
原則逆手シフトにしておいて、
アルペジオで行けるカナだけ同手で打つ、
などの最適化があるそうだ。
「だったら最初からそれを考慮した配列にしよう」
と、同手シフトと逆手シフトを分けた月系も多い。
今の代表的存在は月光だろうか。
4. シフトの見積もり
そもそもシフトが必要なのは、
必要文字が必要範囲より多いからだ。
必要文字をどれだけに定義するか、
必要範囲をどれだけに定義するかで、
シフトの考え方は変わってくる。
もっともシフトしないのはJISカナで、
「小さいカナ、っぁぃぅぇぉゃゅょ」と、
句読点と「を」だけシフト、
という考え方。
これは、広範囲とのトレードオフだ。
しかし濁音半濁音を、
濁点半濁点後置シフトにしたため、
二打文字にしたところも弱点であろう。
新配列においては、
シフト方式によって、
打鍵範囲を狭くしたり、
必要文字を増やして一打で打てるようにする(濁音や拗音外来音など)
工夫が沢山されていて、
それが配列のアイデンティティーになっていることが多い。
ローマ字系では殆どキーが足りるからそこまでの工夫はないが、
二重母音拡張(OU、AIなどを1キーに定義)、
拗音拡張(KY、YAなどを1キーに定義)、
撥音拡張(Aんなどを1キーに定義)、
促音拡張(KTをTTがわりに使うなど)、
外来音拡張(qwertyローマ字定義ではない打ちやすい組み合わせ)、
などの工夫をしていることがある。
またカタナ式では親指の濁音シフトを用いて、
打鍵範囲を狭くしている。
カナ配列においては、
シフト機構そのものがアイデンティティーになることが多い。
親指左右、親指ひとつ(センター)、
中指、
薬指、
小指(シフトキーまたは中段小指)、
人差し指と、
すべての指がシフトキーに使われる可能性があり、
通常連続シフト(押しながら何かのときだけシフトが複数にかかる)、
同時シフト(同時のみ)、
同時連続シフト(同時かつ連続)、
前置シフト(そのキーを押したあと1文字にかかる。高速二打)、
後置シフト(そのキーを押すと前1文字がBSされて何かに置き換わる、高速二打)
などの打ち方があり得る。
また、シフトキーを、
同手で打つ場合(同手シフト)、
逆手で打つ場合(逆手シフト)、
を分ける場合もある。
同手は一般に打ちやすいが、薬指小指がしんどい。
逆手は直感に反するものの、訓練で獲得できる。
(文字領域は逆手シフトが常識的。
アルペジオとかぶるからだ)
すべての人がすべてのシフト方式が得意ではない。
つまり、人によって苦手なシフト方式があるらしい。
僕は、
文字領域逆手は得意だが、親指逆手が苦手。
薬指シフトと中指シフトの同居が苦手。
小指通常シフトは苦手。
前置、後置は苦手。
などの苦手意識がある。
これらは、やってみてはじめて分かることで、
しかも生得的な何かに支配されていて、
訓練で乗り越えられない可能性が高い。(人による)
自分がもしこれを使ったとしたら、
を想像するときに、
シフト方式の苦手まで想像できれば、
ずいぶんな経験者だとは思う。
配列図を見るとき、
ひとつの配列の宇宙の中に、
これらの論理がどのように混ざり込んでいるかを、
解読できるだろうか?
知っていれば、慣れていればある程度できる。
たとえば薙刀式では、
「の」はシフトJ位置だ。
「の」は助詞にも使われる頻出カナであり、
通常はシフト側に落とさずに単打側の二番手くらいの位置に置く。
しかし、薙刀式は人差し指重視のため、
中指以降に置くくらいならシフトの人差し指と考える。
ついでに連続シフトKJで「もの」を打てるように配置してある。
この例のように、
「の」の位置ひとつとっても、
様々な論理や、優先順位や、ほかのカナや指との関連で、
決定がなされていることが多く、
それをどれくらい豊かに読み取れるかは、
どんな論理を知っているかで決まると思う。
配列図は、
そのような複雑なせめぎ合いの、ひとつの結果である。
このへんのここはこれが優先されて、
このへんのここはこの考え方なのか、
などは、
沢山知っていればいるほど、読解できたりする。
作者の結晶である配列図を読み取れば読み取るほど、
新しい論理や優先度に出会えるかもしれないね。
2020年07月25日
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