2020年08月01日

百のルールと一の嘘

ストーリーとは何か。
「百のルールと一の嘘」だと言ってみる。

私たちは現実のこの世界で生きている。
国はあるし、科学法則で支配されているし、
法律はあるし、会社や学校はあるし、
人付き合いはあるし、私たちは死ぬ。

それは、ある種のルールに従う。
それらの中でベストの解を探していくことが、
人生であると言えるかもしれない。

やりたいことがあったり、
やりたくないことがあったり、
それでもなんとかして成功したり、
失敗したりする。
ルールを破って悪いことをすると、
成功自体はするが、
ばれたら大変なことになる。
ルール破りはよくない、と歴史的に決められてきたからだ。
だから私たちは、
ルール破りもふくめて、
今あるルールの中での最適解を探している。

仮に、そのルールが100あるとしよう。
(現実にはいくつあるのだろう?
一万? 百万?)
私たちの人生とは、
与えられた100のルールから、
「ベストの人生」を導き出す数学的な解を探すことだ、
と定義してみようか。

ルールは固定だろうか、変動だろうか。
長いこと生きていれば、ルールは時々変わることを知っている。

僕が中学まではソ連があって冷戦体制だったし、
ここ最近の中国の台頭はルールにはなかった。
かつてはバブル景気だったが、
今は氷河期で衰退期だ。
女はかしづくものだったが、人権を得て、
いまや厄介者にもなりつつある。
男は偉かったが、いまやイケメンと産廃に二分されつつある。

ルール同士は矛盾している。
あることを守ると別のことはおかしくなったりする。
その間をうまく取り持ちつつ、
私たちは最適解を探してゆく。

それは簡単なことではない。
だからみんな大成功しない。
少しの成功はある。
それが人生だ。

しかし、だから、それはすごく面白くはない。
大体不平不満のほうが多く、
喜びはめったにない。
だから、「すごい成功」を求める。

ストーリーはそれにこたえる何かである。
だが、100のルール下での答えなどうまく出ないものだから、
1の嘘を仮定する。

それを認めれば、100のルールの問題が、
一気に解けてしまうようなものを。


その101番目のルールを認める限り、
そのストーリーは、
101のルールを使ったゲームで、
最適解を出したものである。
つまり、101のルールを使った人生の、
最も成功したものである。

これがストーリーの正体ではないかと思う。

100のルールに101番目の、
まだないルールを足すことで、
人生の最適解を出すものだと。


その101番目は、
まったくの嘘(宇宙人襲来)でもいいし、
願望の嘘(あの子がオレに惚れてたら?)でもいいし、
現実にありそうな嘘(難民受け入れが決まる)
でもいい。
大きな嘘(銀河帝国が出来上がる)でもいいし、
小さな嘘(借りた1000円を踏み倒した)でもいい。

なんでもよい。
101番目のルールによって、
その人生ゲームが、
大成功になれば。


人生における、実際の何万のルールを、
ストーリー全部に持ち込めない。
それは有限な時間で終わるものだからだ。
だから仮に100としたわけだ。

コンプライアンスやポリティカルコレクトネスとか言い出して、
ストーリーがつまらなくなっている。
それは、100で良かったところに、
200くらい持ち込んだからだ。
1の嘘では、
200を覆せなくなった。


どんな強力な嘘をつこうか。
100でも200でも、
最適解に導ける嘘は、なんだろう?
それが大成功に至るものになるものとは、
なんだろう?


科学において、それを仮説という。
ダークマターは仮説だし、
ビッグバンは仮説である。
仮説が正しいとして検証して、
どうやら嘘ではないと確定したものを、
新発見という。
新発見が100のルールを書き換え、
101の世界をつくることを、
パラダイムシフトという。

人類の歴史とは、
最初は数えるほどだったルールを、
どんどん増やすことだったのではないか。
それが複雑になっていくことこそが、
歴史的進化だったのではないか。


最近、ストーリーの力が低下している気がする。
それは、
どんどんルールが増えて、
もはや一個人では扱いきれないほどの量になってしまったからではないか。

コンプライアンスやポリティカルコレクトネスや、
科学知識や専門知識やおばあちゃんの知恵や、
受け継がれてきた伝統や、
そんなものをすべて100に入れられるわけがなく、
100で良かった映画が、
300くらいに膨れ上がっている気がする。

1の嘘でクリアすればよかったゲームが、
3の嘘をつかないといけなくなっている。

しかしストーリーのルールで、嘘は1つだ。
3つも入れたら、
101のルールのゲームが変わってしまうからだ。

だから、3倍強力な嘘を、
私たちは作らなければならない。



フィクションの力が落ちたのは、
現実の力が強まったからである。
それはすなわち、ルールが増えたからだろう。

私たちストーリーテラーは、
そのルールの穴をうまく突く、
人生の大成功につながる、
画期的な、3倍強力なひとつの嘘を、
創作する必要がある。
posted by おおおかとしひこ at 00:22| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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