2020年08月03日

フォーカスレベル

どの範囲にフォーカスするかで、
シナリオというのはちがった見え方をする。
的確なときに的確なフォーカスレベルにいないと、
色々失敗する。


一番狭い範囲のフォーカスは、
セリフだろうか。
「こういうときにはこう言う」
「この言葉の意味、チョイスはこれでいいか」「文法的ミス」
などについて細かく考えるだろう。

逆に、一番広い範囲のフォーカスは、
「このストーリーのイコンは」
などだろうか。

あるいは、レンタルの棚に並んだときに、他とどう差別化して見えるか、とか、
これを宣伝するとしたら、どういうコピーや媒体がただしいのか、
などだろうか。


次の範囲のフォーカスは、
ログラインになると思う。
イコンや短いコピー以上に、
このストーリーの本質を、短いストーリー形式で示すレベルだ。

さらなるフォーカスは三幕構成かな。
幕の境目の、第一ターニングポイント、第二ターニングポイント、
あるいはセンタークエスチョンについても、
同様のフォーカスレベルかもしれない。

次のフォーカスは幕単位だろう。
この幕全体の構成についても考えるだろう。
この幕での序破急とか三幕を考えるかもしれない。
いくつのシークエンスから構成されているのかとか、
それを入れ替えたらどうなるかとか、
そういうことを考えるレベルだ。
あるいは、幕を越えて存在する伏線についても、ここの段階かもしれない。

次のフォーカスは、
シークエンス単位だろう。
そのシークエンスで、どういう構成にするか、
などを考える。

次にシーンだろう。
そのシーンをどう面白くするかに全力を尽くすことになる。
次のシーンと後のシーンとの関係くらいがフォーカスの範囲だろうね。

勿論、これと違う次元に、
登場人物の過去や、人間関係や、
目的や弱点や、内的ストーリーや、
プロットライン(サブプロット)などがあるだろう。
世界の設定も別次元に存在するだろう。


フォーカスをどこに取るかで、
そのときに何を考えるべきかは全然変わってくる。
そして、
あるフォーカスのときに、違うフォーカスから眺めることもやっておくと、
主観的に過ぎるものを客観的にとらえられるかもしれない。

これはいったいどういうものなのか。
それはすぐに分らなくなるものだ。
その時は、今自分がどのフォーカスレベルでものを見ているかを確認するとよい。


セリフレベルのフォーカスならば、
辞書を引いたり、名作のセリフを研究するとよい。
メモしてあった名台詞を持って来て考えてもよい。

作品全体のイコンのフォーカスならば、
名場面の抽出や他作品との比較などを考えることになるだろう。

登場人物レベルのフォーカスならば、
目的のリストを書いたり、
過去のエピソードを創作したり、
現実に似た人を探したりすることだろう。


それぞれのフォーカスレベルで、
やることは全然違ってくる。
今自分がやっていることは、
どういうフォーカスレベルのことなのか、
客観的に自覚するためにも、把握してみるといいだろう。

さらに。
行き詰った時、
わざとフォーカスレベルを変えて、
自分の視点を移動してみるとよい。

ものすごくマクロ視点にしてみたり、
ものすごくミクロ視点にしてみたりすると、
まったく自分の悩みが違う角度から見えるはずだ。


自分は日本一面白いストーリーを書いているし、
世界一面白いストーリーを書いているし、
歴史的に見てベストに面白いストーリーを書いている。
もしそう思うのならば、
どのフォーカスにおいても、
傑出した何かがあるはずだ。

あるフォーカスレベルでは平凡でよくあるパターンならば、
つまらない可能性が高い。
勿論どのフォーカスレベルでも傑出していたとしても、
全体で糞ということもある。

常に、どの範囲にもフォーカスを合わせられるようにすること。
遠くから急に近くを見た時にぼやけて困るようならば、
それはフォーカス合わせが下手なのである。
posted by おおおかとしひこ at 00:15| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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