2020年08月03日

【薙刀式】「ある」と「ない」は意味的には対等なはずなのに

カナ頻度と意味の矛盾。


「頻度に応じて押しやすいカナを配置する」
という新配列系の設計思想は実に合理的だけど、
それだけではおかしなことになるという例。

「あ」「る」は頻度的にシフトに落とされがち。
「な」「い」は頻度的に単打のいい位置にありがち。

→結果、「ない」はすぐに打てて、「ある」は打ちづらい。

意味的には等価なはずの二つの言葉が、
打ちやすさにおいて非対称になっている。


しかも、文章作法的にいうと、
肯定系で書くべきで、
否定系で書くべきではない。
否定で批判するのはよいが、そのあと肯定で建設的な意見を述べない限り、
世の中を壊すことにしか役に立たない言説になる。

「ない」が「ある」より楽に速く打てる配列は、
否定するのに楽で速い配列という、
日本語配列として文化的にあるまじき立ち位置にあるということだ。
(極論)


月配列Uの使い手の人が、こんなツイートをしているのを見かけた。

>ぽたうん(ね)@portown
>ローマ字入力よりタイプ数が平均的に少ない(と思われる)入力方式を使ってるけど、そのせいか思考に先回りして指が変な文章打ってるときがある。
「ある」「あった」と打とうとして「ない」「なかった」って打ってたり、

> 余談。タイプ数はこんな感じ。
>ある : 3タイプ
>あった : 3タイプ
>ない : 2タイプ
>なかった : 4タイプ

僕は由々しき問題だと思う。
世の中をよくするには、肯定の言葉を増やすべきだろう。
否定の方がやりやすくてはいけない。


ということで、
薙刀式では「ある」が「ない」より打ちやすいホームキーからのアルペジオだ。
(ある: JI、ない: MK)

否定形ばかり使ってないで、世の中に提案を増やしていきたいものである。
(うまいこと、ないとあるを入れられた)


ちなみに2gram頻度でも、ない>あるだね。
しかし否定形はただ「ない」といえばいいのに対して、
肯定はさまざまなバリエーションで存在を示すのかも知れない。
じゃあ「ある」だけにこだわることもないかもだけど。


その配列を使って、どういう文章を書くべきか。
もちろん配列はニュートラルの立ち位置なのかも知れないが、
僕は少しずつでも世界を良くしたいので。

(英語配列では、fuckは打ちづらい連接になってるのかしら。
そうでもないだろな)
posted by おおおかとしひこ at 21:11| Comment(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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