2020年08月08日

怪談の作り方

半自作セパレートキーボードによる親指シフターの変態(褒め言葉)、
神沼三平太氏による怪談の作り方が面白かったので。
https://mobile.twitter.com/3peta/status/1291972954956263424


怪談には、落ちがあるタイプとないタイプがあると僕は思う。

落ちがあるタイプは、
「あの怪異は、実はこういうことだったんですよ」
と全部が繋がるパターンだ。

「あれは子供の霊で、遊び相手が欲しくて手招いていたんですよ。
安易にあそこを踏み出さなくて助かりましたね。
二度とそんなところへは行かないことです」
などのように、
全てが繋がり、「危険行為はしない」みたいな教訓(テーマの一種)に、
落ちるような感じだ。

これは恐怖体験を通じて、
何かを訴える時に使える。

そもそも河童がいるから川には近づくな、
などのような言い伝えは、
このような教訓を伝えやすくするための方便として、
作られてきた歴史はある。

もちろん、
怪談といえど物語であるから、
教訓以外のテーマに落ちてもいいと思うよ。
泣ける怪談、エロい怪談、ほっこりする怪談などもあり得るだろう。


もう一方の怪談は、落ちのないタイプだ。

世の中のことが全て解明されているわけではない。
そのリアリティ、不気味さを、
怪談として味わうわけだ。
こちらはより大人の娯楽であると思う。

そもそも「死んだあと人はどうなるか分からない」という、
「分からなさ」に怪談の原点はある。
しかしそれ以上にわからないことは世の中にたくさんある。
「宇宙ができる前には何があったのか」
「彼女はなぜこの時にこう言ったのか」
などを扱う怪談があっても良いと僕は思う。
わからないことは、なんでも怪談になるよね。


僕は、一般的なストーリーには必ず落ちやテーマがあるべきだと考えるが、
怪談は例外だと思う。
落ちがない不気味さこそ、怪談の扱う領域だ。
落ちがなく、不可解なこと全ては怪談になりえると僕は思う。

怪談はとくにショートストーリーと相性がいい。
長いものを見てきて落ちなしはキツいからね。
この夏、そんなのを2、3本書いてみて、
ストーリーとテーマの関係について、
考えてみるのも練習になるよ。
posted by おおおかとしひこ at 18:22| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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