2020年08月16日

少年への嫌悪がないこと(漫画「鬼滅の刃」11-21巻評)

少年というのは男にとって過去である。
幼さは悪で、甘えは悪だ。
速く大人になりたいときの、それは足枷でしかない。

過去である少年をいじられたくない。
今より弱い部分を撫でられるのは勘弁だ。

女性作家は、そこをよく越境する。


女はきっと少年が好きなのだろう。

立場を逆にすればわかる。
僕ら男は少女が好きだ。
男の、少女への過剰な期待は、
宮崎作品でも見ればわかると思う。

男の少女への過剰な期待は、
美少女に仕立て上げることでわかると思う。

あまり今まで深く意識しなかったことだが、
女性がそれを見るとき、
自己嫌悪に陥るのかもしれない。
「わたし、そんなに美少女じゃないし、
そこまで期待されても困る」と。

なぜそんなことを思ったかというと、
まさにその逆を、今回思ったからだ。

「そんなに少年に、女が過剰に期待しないでくれ」
と思ったのだ。

炭治郎を含む3バカ少年を見つめる作者の目線は、
姉か母親のそれだと思う。
僕が思春期の頃、
似たような過剰な期待(それは愛なのだろうが)が嫌で、
僕は母親とよく喧嘩した。
うっさいわババアと怒鳴っていた。

それは、男が自立するときの、保護の殻を抜ける力なのだと、
あとで分かる。
大人になってからはあれも愛情だったのだと分かり、
毎年正月には帰ってるけど。


そういう、「女の無条件の愛を嫌がる」感覚がなくて、
少し底抜けにびっくりする。

僕ら男が少女に対して愛情を注げばロリコンと言われたりするので、
多少の警戒を持って当たるのだが、
その社会的圧力のない、
愛情ダダ漏れの感じが、
非常に女性的な視点だと思った。

母親の機嫌を損ねたくなくて、
「ママ大好き!」と言ってみたり、
母親の期待を先回りして実現してみせる少年が、
僕はとても嫌いである。
いつかその母親を傷つけて、外に出なければいけないというのに。

そのイニシエーションを経ていない少年を描くことを、
作者は喜んでいるような気すらした。

ハガレンを読んだときにも同じものを感じた。
キラキラしている少年が、
男が描く少年ではなく、
母親が好きなタイプの少年であると思い、
彼らをはやく荒野で一人にさせてやりたいと思った。


僕が、男の描く少年漫画で育ったからだろう。
梶原一騎が切り開いた男の世界は、
多少誇張されてはいたが、
男同士の猿山の生き方について教えてくれた。
そういうものが鬼滅の刃にはなくて、
今の少年がやわに育たないかとても心配だ。

(今話題のパワハラの半分くらいは、
梶原一騎の少年漫画では日常レベルだ。
それに耐え、超えられる自力の男が減っているのは確かだ。
西原理恵子は、「世間は温室ではない」と言った。
僕もそう思う)


話を元に戻すと、
少年が成長しようとするとき、
少年は少年であることがとても嫌になる。
それをどう乗り越えるかが、少年の成長なのだと思う。

そうしたことは、炭治郎にはなかった。
師匠は鱗滝、煉獄あたりかも知れないが、
年が離れすぎている。
少し上の兄貴が普通いるもので、
少年はそっちに近づきたがり、少年性を捨てていく。

そういうことが描かれてなくて、
ただ姉や母親の好きな少年像ばかりが描かれていて、
少し嫌になった。
(逆にこれを演じればモテると分かっている悪い男は、
これのフリをする。姉を持つ男に多い)


女性漫画家が少年漫画を描くことに、
特に性差別するつもりはないが、
少年漫画である限りは、
少年を他者ではなく、自分として扱ってほしいと思う。

少女漫画であればジャンルが違うから文句はいわない。

少年は、少年の肉体も考え方も嫌なのだ。
早く大人の肉体になりたいから鍛えるし、
考え方も大人になりたいから勉強するし、
さっさと童貞を捨てて、周りの男たちに男だと認められたい。

その男臭さは、女性は嫌なのかも知れないが、
それを通さずに少年が少年でなくなるまでの、
成長は描けないと思う。



女さんは少年が好きなんだなあ。
もっと甘えとけば良かったな。
女に甘えることが子供みたいで、思春期の少年には嫌なのだ。

ちなみに炭治郎は思春期ではないかも知れない。
しかしあの体は第二次成長期でないと作れない。
(一応設定を見たら13歳だそう。端境期ですな)


鬼滅の刃には、女性作家ならではの、
女性キャラの魅力が満載で、
各キャラの回想エピソードも秀逸なのが凄く良い。
しかし真ん中の部分が空白になっていると感じた。

暴力の原動力が怒りしかないのも少し浅い。
男が命を捨てようとするのは、怒りだけではない。
ただこれも未完結なので保留。


22巻以降どう完結するか、
見届けたい。
posted by おおおかとしひこ at 22:58| Comment(6) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そういえばまとめサイトで女性漫画家は男を静かに冷静に怒らせるのが好きで、男性は男を感情的に怒らせるのが好きというものを見たことがあります

URLはるのがまずかったら削除してください
https://beez-matome.com/post/5dee26e4cf43b4173a0ae1b4


本来女の人のほうが感情的だということは結構耳にするのに、作中内では逆になっています


Posted by あ at 2020年08月17日 00:46
あさんコメントありがとうございます。

男の描く切れ方は、実際にやっていることを描くのではなく、
「こういう風に言葉で切れることができたら爽快だろうなあ」
という理想のキレ方を描いているように思いますね。

女がこれを描かないのは、
これを普段やってる男を見たことがないから、
想像の範囲外ゆえと想像しますが。
Posted by おおおかとしひこ at 2020年08月17日 01:29
初めまして。以前からブログを興味深く拝見していたのですが、大岡さんが鬼滅の刃を取り上げられるとのことでコメントを送りました。いつも更新ありがとうございます。
さて、この鬼滅の刃なのですが、私は本誌の最終回も一応読んだ者です。感想や内容は伏せますが、一言で言うと良くも悪くも「異端」の作品でした。大岡さんの鬼滅の刃評はとても正確で、コミックスを最終巻までお読みになれば、この作品と作者の全貌もきっと明らかにしてくださるだろうと信じています。
また、炭治郎が母親から見た理想の少年であり、男性キャラクターも女性から見た理想形という指摘には深く納得いたしました。私もそこの描写には引っかかりがあったからです。男性特有の向上心や戦闘意欲があまり見られず、悪く言うと女性に都合のよい男性が多い印象を受けます。また、冨岡と炭治郎の会話などでは「ああ、これは女性のやり取りだな」と思いました。男性特有の社会性が無く、女性の共感重視の会話に似ているのです。これを男性キャラクターでするのでなんとなく不気味さを感じました。悪い所ばかり言ったので鬼滅の刃の良い所も挙げると、テンポが良くて読みやすい点が魅力なのだと思います。深く考えず次々読み進められる工夫がしてあり、具体的には半天狗の回想を1ページでまとめるなどといった部分です。鬼滅の刃はこうして見ると時代と現代の若者の特徴や好みを掴んでいたからこそヒットしたのかなと私は考えます。
突然見苦しい長文を送りつけてしまい申し訳ございません。今後もブログを楽しみにしております。暑くなって参りましたので体調の方にもご自愛ください。
Posted by やどかり at 2020年08月17日 02:43
やどかりさんコメントありがとうございます。

僕は600万部時代の少年ジャンプの読者なので、
今のジャンプが少女ジャンプと揶揄されていることは知っています。
少年だけに向けて描いてては部数的に持たないのかも知れませんが。
残念ながら、仮面ライダーと同じ生存戦略に舵を切ったのでしょう。
ワンピースが少年漫画王道にいるから、
北斗に対するジョジョのような異端戦略を取ったのかも知れませんが。

大まかなプロットがジャンプやハリウッド映画の王道なのに、
細かいスタンスが少女漫画に思え、
そのちぐはぐさに違和感を覚え続けています。

そういえば富岡は水の呼吸の使い手だし、
炭治郎を見出したわけで、
兄貴分としていいポジションに収まるべきキャラクターでした。
(一歩における鷹村や木村や青木みたいな)
まともな邂逅は最終決戦で、
煉獄や宇髄のほうが兄貴分になってしまった。
つまり兄貴分が年上すぎる感がしましたね。

もっとも、この年代の男同士のツルミは、
女を排除して行われるので、
女が知ってる男は、成人まで待たないといけないのかもですが。

ずっと不思議だったのですが、
富岡は唯一作者の男に投影した自分かも。
だから男同士の付き合い方もわからず、
柱の中で孤立してて、炭治郎との距離感が女同士のそれになるのかも。
(女の自分の投影はカナヲかな)
時任無一郎が14で、そのあと妻帯者までぐんと空いてる。
女が思春期で、男が嫌になる時期の男(クサイといって遠ざかる時期)
が欠けている感じがしますね。

そうそう、回想系では「男の女への愛」が全部「妻へ」なんだよなあ。
そんなに女性は妻ポジションに収まりたいのか、
と逆に心理が透けて見える。こりゃベッキーが叩かれるわけだ。
これが男性作家ならば、届かなかった片思いにこそ執着すると思うんだがなあ。


…などと、
色んなところに違いを感じている次第。
(コミックスの捨てられたエピソードを見る限り、
相当端折ってテンポよくやったようですね。
とくに後半ほど捨てられたのが増えていく)

違うからダメなのではなく、
違いを楽しめるほどには大人になったのですが、
はてどうなることやら。
Posted by おおおかとしひこ at 2020年08月17日 07:09
こんにちは。いつもブログ興味深く読ませていただいています。私は女性なのですが、鬼滅の刃は残念ながら、私の趣味には合いませんでした。私は少年の成長ものが好きだったからかもしれないと、大岡さんのこのコメントで気付きました。(私はアニメの方を1話から15話くらいまでみて挫折しました。)大岡さんがまたバトルもの、少年の成長ものを作るためにメガホンをとってくださる日を心よりお待ちしています。頑張ってくださいませ。かしこ。
Posted by りん at 2020年08月19日 17:42
りんさんコメントありがとうございます。

女性でも微妙だった人がいる、というのは貴重な情報ですね。
ありがとうございます。

少年の成長ものが機能していないように見えるのは、
「書き手が男で、実際の成長を経験してないほど幼い」か、
「書き手が女で、外から見た成長を描いている」が、
増えたからではないかと勝手に考えています。
あと日本や世界の将来が暗くて、
「成長してなんか得があるんすか?」みたいなニヒリズムが支配しているのもあるでしょう。

漫画原作大賞みたいなやつに出したら出来るのかな…
調べてみます…
Posted by おおおかとしひこ at 2020年08月19日 17:56
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