年寄りの作家「自分がこれまで生きてきて分かったことを書こう」
→説教くさくて離れていく
若者の作家「世の中つまらんから、この世を壊す常識破りを書こう」
→熱狂的な支持は得られても、ただの花火
両方の要素が、僕は必要だと思う。
つまり。
世の中の常識をぶち壊し、
逆張りし、
これが普通なんだと思っていたものは間違っていたのだとわかり、
新しいシステムが世の中を変えていく予感がして、
かつ、
それが人生の深い法則になっていることが、
全体を俯瞰するとわかり、
ただの逆張りではなく、
深い人生への考察の結果だったことが最後にわかり、
はじめからそのような計画だったのだと、
その念入りさに感服する
ようなものが、理想だ。
とば口は若者が入りやすく、
出る頃にはいっぱしの人生経験ができるようなもの、
である。
おじさんやおばさんの話は、長くて説教くさい。
若者の話は、結論がなく、一夜あければ価値がない。
両方の欠点をなくして、
両方の長所を融合しなさい。
若者の熱狂を生み出せる年寄りが最強。
若者は、熱狂のことを考えつつ、
実は普遍的な普通の結論になるようにするとよい。
年寄りは、これまでの人生を反映した新しい過激な結論を先に考え、
そこに至る狂気を熱狂に変えていくといいだろう。
熱狂することと感服することは、
別のベクトルである。
しかし、入口と出口で、ペアになっている。
2020年08月26日
この記事へのコメント
コメントを書く