わりとドラスティックな大技だけど、
たまにやってみると効果的な方法。
書いている途中、
主人公が動かなくなってしまうことがとてもよくある。
知らず知らずのうちに、
ご都合主義とか、メアリースーに取り憑かれている、
ということがとてもよくある。
これは脚本家がかかる風邪みたいなものだ。
気を付けていてもかかるし、
かからないときはかからない。
自覚症状はいくつかあって、
なんか主人公が自分から動かないなあとか、
渡りに船とかにならないかなあ、
向こうから言い出してくれると展開が楽なんだが、とか、
主人公が家や特定の場所に居座ってしまって、
連絡を待つ状態になってしまった、
などだろうか。
話が動かないときは、
他の動く登場人物を使って、
話を動かして、それを主人公のプロットラインの方に接続してみる手がある。
そうすると、再びメインプロットが動きだしたりする。
しかしそればかりやると、
主人公は不動のまま、指示待ちだけをする人物になってしまい、
自ら動く魅力的な主人公ではなくなってしまいがちだ。
原因はわからない。
正義が邪魔をしたりすることもある。
その人の論理が受け入れがたいものになってしまい、
なんだか悪役に見えてしまうなあ、
なんてことも思っていたりする。
最初のうちは行動的な主人公だったのに、
ある時点から動かなくなってしまうこともある。
こういうときの劇薬というか、
ショック療法がある。
それが主人公を変えてしまおうという考え方だ。
連載中ではない限り、やっちゃってもいい方法だろう。
他の登場人物を、一度主役だと思って考えてみる。
そうしたときに、もとの主人公はどう見えるだろうか?
まったく動かないならば、
じゃあそれを出し抜いてしまおうか、
という新主人公の発想があるはずだ。
さっさと動かないやつは置いといて、
状況を動かしてしまえ、と思うはずだ。
むしろ動かない旧主人公は、新主人公にとって、
チャンス以外の何物でもないぞ。
それで話が面白くなるならば、
そのままでもよい。
主人公は交代し、最初からその人を中心に考えればよい。
主人公の資格は、もっとも状況を動かし、
もっとも状況を解決した人のことである。
だから、最初からそうだったように、
作り直してしまえばいいのだ。
テーマは変わるかもしれない。
おそらくその人物の抱えている内面と関係すると思う。
新しくそうなってしまえば、
最初からそうだったのか、と思わせるものに出来るかもしれない。
そうならず、
そうか、旧主人公が動くには、それが必要だったのか、
と分ることもある。
旧主人公の視点だけに固定しすぎていて、
周りの状況をまったく考慮に入れていなかったとか、
もっとこのように設定すれば良かったのだとか、
視点を別の人間に変えてしまってはじめて分ることもあったりする。
そうした場合、
元の主人公に戻してもいいし、新主人公とダブル主演にしてもいいし、
そのキャラをメインの一人に昇格させてもよいだろう。
あるストーリーの続編で、
こういう手法がとられることがよくある。
前作の主人公は偉大なる人になってしまっているから、
庶民がおいそれと近づけない人になってしまっていて、
だから庶民の新主人公からはじめて、
しばらく動かして、旧主人公と出会わせて、
ダブル主人公システムにしていくパターンだ。
(新主人公は忘れられるパターンも稀によくある。
単なるスターターだったという使い捨てね)
ここまで極端な例でなくても、
自分のストーリーでどうしたらいいのか、
やってみるとよい。
途中で挫折してしまったストーリーが、
再び動き出すかもしれない。
主人公の望みは何か?
主人公の目的は何か?
それが見えなくなってしまってるから、動かなくなってしまったのかもしれない。
あるいは、主人公が動きたいと思っていても、
どうしていいか分らないから困ってしまったのかもしれない。
いずれにせよ、
千日手になっているならば、
外からまったく違う視点で物語を語りなおす、
という手だってあるということを知ろう。
その結果、
新主人公の魅力的な新ストーリーになることもあるし、
ダブル主人公になることもあるし、
新主人公は捨てて旧主人公のストーリーが完成することもある。
その新主人公は問題を解くための補助線だったのだ、
ということもあるだろう。
いずれのパターンも、
主人公が真ん中にいて、
面白く、主たる問題を解決し、
テーマがはっきりすれば、
それで完成である。
たとえばラブストーリーは、
男主人公なものを、女主人公に変えるパターンだってある。
ライバルものを、ライバル側を主人公にする手もある。
「蒼天航路」は三国志では普通敵に描かれる、
曹操を主人公に据えて面白くなった。
その主人公は外から見たらどう見えているのか、
それを考えるためにも、
一端「主人公の目の中からこの世界を眺める」を放棄してみると、
見えていなかったものが、見えることがあるよ。
目立つ相手から見てもいいし、
まったく注目していなかった誰かから見てもいい。
主観的に陥らずに、客観を獲得するかもしれない。
2020年09月22日
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