2020年10月18日

ニュースに取り上げられるやり方

前記事をさらに煮詰める。

チームの動機が「ニュースに取り上げられること」が第一にあり、
「見た人の心を動かし、人生に深く影響を与えること」が第一にないのが問題だ。
僕は両方が必要だと思っている。


前者をガワ、後者を中身と仮に呼ぼう。

本来的には、
これは一人の中で両方考えなければならない。

ところが、
中身を考え、微妙ならば変形して良いものにし、
そして名作を生むには、
とてつもない才能が必要だ。

だがガワを議論することは誰でもできる。

ニュースに取り上げられそうな要素が、
あるかないかをチェックするだけでいい。
いわば国語の客観テストである。

あった、なかったを見つけるだけのゲームだ。


この、誰でも出来るゲームによって、
チーム全員が参加できる。

数々並んだ企画の中から、
一番ニュースに取り上げられそう、という予測は、
多数決というよく分からない力学で決まり、
その順に優秀な企画と定義される。


優秀な企画とは、中身がどれだけ優れているかで決まる。
どれだけ心を動かすか(感動するか、笑えるか、驚くか、納得するか、など)、
それがどれだけ深く永く人生に影響するかだ。

その議論をすっとばして、
企画は順位づけられ、一番がオススメとされるようになる。


中身を議論して、せっかくいい中身なのだから、
ニュースに取り上げられやすいように、
こうアレンジする手はあるでしょ、
という議論こそが企画打ち合わせだ。

あるいは、このように中身を変更するとさらに良くなるのでは、
なぜなら、と議論することが企画打ち合わせだ。

だがそれをするのは、中身をいじれるだけの才能が必要で、
それは全員が持っているわけではないし、
チームの中でもばらつきがある。



こうして、
複数の人間でつくる、チームとしての映像づくりは、
多数決というよく分からない原理によって、
中身と関係ない、ニュースに取り上げられそうなものが、
制作される。

そして、ニュースに取り上げられたから見たけど、
別に、という失望を経て、
映像そのものの権威が落ちていく。←いまここ

映像体験そのものが凄いのではなく、
出ている人が凄いという風になっていく。
「ニュースに取り上げられている人が出るから凄い」と。



YouTubeなどの個人制作物はそうではない。
ニュースに取り上げられるかどうかは無視だ。
中身が面白いかどうか、ブランド(この人らしい)を提供しているかで決まる。
つまり中身で勝負している。

YouTubeに、今「チームで作る」プロの映像が勝てていない理由がこれだ。


おれが個人制作するYouTuberになればいいのかな。
せっかくプロになったのにな。


プロだから、投資を回収しなきゃならない。
プロだから、たくさんに見られなければならない。
プロだから、告知しなければならない。
プロだから、ニュースに取り上げられなければならない。

ん?
プロだから、トップオブトップの面白いものを作らなければならない。
が抜けてるね。

今の制作過程に、この大事な、そしてほとんどすべての、
この一行が抜けているのはどうしたことだろう?


僕にはよくわからない。誰か解説してくれ。
なぜチームでプロで製作すると、
中身の議論をせずにガワの議論しかしないのか?

答えは僕は最初に言ってしまったかもな。
才能のない奴がチームのオールを握っているからだね。
posted by おおおかとしひこ at 13:43| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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