ストーリーというのは「ある目的を達成しようとすること」である。
ということは、それの達成に対して、
好調に進んでいるときと、不調で進まないか後退するときの、
二種類しかないということだ。
だがしかし、順調か不調かに関しても、
色んな段階があると思う。
ものすごく状況が進歩したとき、
微速前進しているとき、
まあまあのとき。
あることは成功といえてもまだ課題が残るとき。
反省点が多々あるとき。
不調のとき。
やばいとき。
失敗のとき。
絶望的なとき。
色んなニュアンスがある。
そして、気を付けることは、
単純な順調不調だけでなく、
「順調に見えるが、不穏な因子がある」とか、
「大失敗に見えたが、ヒントがある」とか、
複合的な状況もあり得るということだ。
つまり、
今、順調なのか不調なのか、
分って書いているか、ということだ。
そして、
単なる順調不調なのか、
何かをはらんだものなのか、
分って書いているか、ということだ。
そして、どうしたら面白くなるか、考えているか、
ということだ。
順調不調は、
実は相対的なものだ。
前にくらべてどうか、つまり過去との比較と、
期待にくらべてどうか、つまり未来との比較で、
決まってくる。
順調なのに前より成果が出ていなければ不調かもしれないし、
不調なのに未来を考えればましなほうかもしれない。
それこそ、「これまでの流れ」で変わってくるのだ。
順調か不調かを、
グラフ化して全体を書く方法があるが、
僕は推奨していない。
幸不幸というものは相対的に決まるからで、
絶対的なグラフにできるものではないからだ。
単なるグラフ法では、
いま順調であるが、不穏な因子が除去しきれていない不安がある、とか、
客観的には不幸のどん底だが、主観的には楽になった、とか、
絶不調だが、前にくらべれば逆転できる、
というような、
絶妙なニュアンスを描けない。
そしてその空気感こそが、
物語の面白さ(接線方向の)だ。
もっとも、
それすらわかっていなくて、
とりあえず全体を俯瞰しないと把握できないとか、
作者はわかってはいるが、他人と共有するために作るとか、
リライトするにあたって、現状を整理するために作るとか、
そうした目的がはっきりしていれば、
まあグラフはつくってもいいだろう。
微妙なニュアンスこそが面白いのに、
ということを忘れなければいいだけだ。
(しかし人は目の前のものだけを信じたがるからな)
順調か、不調か。
それは前とくらべてどうか。
単純な順調不調か、それとも何か複雑な思いが去就しているのか。
そうしたことを、今自分に問うてみて、
「今このシーン、シークエンスは、〇〇な状態である」と、
自分で把握するとよい。
もちろん、その潮の変わり目を、
ターニングポイントというのである。
そうすると、
好調の中に不安があるとか(この後不満が爆発するとか、事故が起こるとか)、
不調の中に希望があるとか(この後伏線であったことが実現するとか、何かを発見するとか)、
複雑な物事も俯瞰しながら書きやすいだろう。
えーと、いま好調なんだっけ、不調なんだっけ。
前の好調不調と比べてどうなんだっけ。
前振っておいた期待に比べて、
好調なんだっけ不調なんだっけ、
単なる好調不調だけじゃなくて、
次に起こることは水面下で進行しているんだっけ。
こういうことを考えながら、
次のシーンを想像したり、
今の台詞を書いたりするのだ。
2020年10月23日
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