2020年11月04日

鬼滅という神輿

鬼滅のブームが示すことは、
100ワニやAKBと似た匂いがある。

みんなグッズや関連商品を作るのには長けている。
なのにその真ん中の部分を作れない。
真ん中に、ワニが来るか鬼滅が来るかの話だ。


鬼滅の関連商品がすさまじい。
全部売れるだろう。
まるでジャニーズのグッズ商売だ。

ジャニーズのコンサートチケットよりも、
CDの売り上げよりも、
グッズ販売が一番売り上げるそうだ。
グッズなんて利鞘がいいだろうから、
ここぞとばかり儲けるのだろう。

しかしコンサートもグッズも、
中の人や楽曲という神輿が必要だ。

つまり、
今の日本の商売は、
神輿という中身を次々に変えて、
周辺グッズを売ることばかりなのである。


かつて日本人はあるものを改良するのが上手で、
オリジナルを作ることが弱いなどといわれた。
だからオリジナルを作れるようになるべき、
ではなく、
改良すらせずに、何かに貼り付けて売るような、
テリトリー商売に成り下がったように僕には見える。

映画館も同じだよね。
スクリーンと席だけつくって、
中の神輿を次々入れ替え、
周辺のグッズやポップコーンで利鞘を稼ぐわけだ。

ひょっとしたら、
興行というのは、
中身の神輿のことではなく、
神輿の周辺の仕切りのことなのかもしれない。


で、「いま神輿」が鬼滅なのだ。
少し前は100ワニやAKBだった。
鬼滅の良かったところは、
それよりは圧倒的に良かったところで、
つまりは面白さがある程度初速に関係すると証明したところだろう。

数々の名作に比べれば、
鬼滅は大したことないと思うけど、
最近稀に見るレベルの高さだった、
というだけだと思う。
100ワニの一億倍は面白いわけだからね。


単純なモデルでは、
作家が面白いものをつくり、
客が面白いと言って買えばいいだけの話だ。
ところが「中抜き代理店」と揶揄されるように、
間に沢山のレイヤーが噛むわけである。
そのレイヤーの中に、たくさんのグッズ担当者や販売者がいるわけだ。

日本の産業構造の問題は、
この間にいる人の多さ、
ぶら下がる人の多さ、
乗っかってくる人の多さで、
それに作家の供給が追いついてないことだろうね。

だから常に、「次の乗っかれる神輿を探している」状態で、
よく吟味もしてないワニにすら乗っからざるを得ないのだろう。

「カメラを止めるな!」あたりで、
内容に比してプロモーションが過ぎるのがとても気になった。
プロモーションが一流でも内容が二流なのは、
どこかおかしいとみんな勘づいてしまう。

鬼滅は、女子供は抱き込めたが、
我々男はずっと疑問符がついている程度の、
神輿だと思う。


グッズさえ売れれば神輿はその限り回転させる。
それが商売とか興行とかいうものかもしれない。
ガンダム、何回つくらせるんやこれ。
そのせいで新作ロボットアニメがでなくなったやないか。

行き過ぎた神輿は、
焼畑農業のように、何もかも痩せさせるのかもしれない。

原作の吾峠氏は、幸運にも引き際を掴めたと思う。
ここで引いとかないと、神輿地獄に乗ったまま、
壊れるまでやらされただろうなあ。


勿論、TVアニメは何期もやり、
映画もあと数本は作れる。
聖闘士星矢みたいにオリジナルストーリー映画を作ってもいいだろう。
そうして、神輿の中の神が去るまで、
周辺祭りは続くのだろうと思う。

まあ日本人は飽きっぽいから、来年になったら忘れてるかも知れないが。



興行サイドは、次の神輿を探している。
でも観客は、
ただ祭りに参加したい浮動層と、
本当に面白いから評価する層のふたつがいる。

後者を無視した祭りは、いずれ神輿の中に何も入ってないことがバレるだろう。

鬼滅はA-くらいのものは入ってた。
100ワニはZくらいで、
AKBは初期だけAでほとんどはCくらいで、
カメ止めはBくらいだったと思うよ。

それを全部Sクラスの祭りをやるから、
反発が起きるんだよな。

それほど神輿を担ぎたい人だけが増えたのだろう。
posted by おおおかとしひこ at 22:38| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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