2020年12月03日

万感の思い

なるべくラストは一撃で決めよう。
ぐだぐだ語ることもなく、
さっと終わるのが印象に残るというものだ。
クライマックスが終わったら、
せいぜい1分でラストシーンを片付けるのが理想だと思う。
(長くても2分くらいか)


これまでの冒険が去来するから、
色々と語っておきたいことがあふれてくることはよくわかる。
しかしそれは作者の思い入れに過ぎない。
観客は、終わったからあと一発で決める何か、
落ちのようなものを期待している。
それを最後にスパッと決めたらおしまいだ。

「さよなら銀河鉄道999」のラストが僕は好きで、
「今万感の思いを込めて汽車は行く。
今万感の思いを込めて汽笛は鳴る」
で終わるのがすごいと思ったんだよな。

最後に鳴り響く汽笛だけで、
万感の思いが全部こもっていることを表現する、
それが映画だって思ったものだ。

それは象徴表現であると知るのは、
リアルタイムで見ただいぶあとだが、
これまでの何か全てのことを、
何かひとつのことに象徴するのは、
つまりは圧縮して表現していることだということだ。

2時間の実時間、
作品内の扱う時間(3日くらいの話か、何年にもわたる話かは作品による)、
それらがどれだけ短い何かに象徴されて終わるのか、
という圧縮芸が、
ラストシーンだとも言えるだろう。

つまり、
ラストシーンの出来は、
こめられた思いの大きさ/その象徴する時間
で求めることが出来るかもしれない。
こめられた思いが大きいほど感動するし、
それがみじかくて圧縮されているほど、
象徴が大きく見えて、感動は大きくなると思う。
posted by おおおかとしひこ at 02:41| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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