「思いが文字になるまでに、
無駄や抵抗がなるべくないこと」
だと僕は思う。
僕の考える無駄や抵抗とは、
具体的に以下のようなものだ。
・遠いキーに手を伸ばすこと
(4段目、標準位置のBS、エンター、カーソル、
また、QTYPなども)
・弱い指をたくさん使わざるを得ないこと
(qwertyのA、ショートカット用のCtrl、BS、エンターなどを、
小指で打つこと。また薬指の多用)
・一つのものを出すのに段階が多いこと
(ローマ字ではどんなにロールオーバーしたって2アクション。
これよりも1アクションの最短手にするべき。
日本語は5文字7文字が基本単位だというのに、
それを5アクション7アクションで書けるべき)
・ひとつの指の担当が多すぎること
(小指薬指中指は3キー以内、人差し指は6キー以内、
親指は2キー以内が限界だと僕は思う)
・扱う構成要素はなるべく少ないこと
(清濁別置などはボタンの多い操作系で、
僕は脳の負荷、抵抗が大きいと感じる)
・指の動線に無駄があること
(究極は、次の音がアルペジオで隣にあり続けること)
あるいは、物理では以下のような抵抗がある。
・重い押下圧のキー
・指にダメージがあるほどの底打ちの硬いキー
・左に捻り、腱に疲労を蓄積する左ロウスタッガード
・指は立体的な動線にも関わらず、平面のキーボード
・姿勢が合っていない環境
(ディスプレイの高さ、手首の高さとパームレスト、
椅子と机の関係)
・肩を狭くさせる一体型キーボード
(左右分割がベターだ)
物理の要素は、5000字以下/日ではあまり効いてこない。
それ以上毎日書くならば、数日単位で効いてくるファクターだ。
これらの抵抗は、
思いを文字にする速度を落とす要素だ。
脳波入力があれば問題ないが、
物理キーボードは指との関係を捨てられない。
この抵抗を、僕はなるべく削ぐべきだと考えている。
それが最も削がれた状態が、
最も速いと考える。
その人の指はそのままだとして、
その無駄を省くことが、速さだ。
つまりそれは自分から見て相対的である。
他人との絶対的な比較に、僕はあまり価値を感じない。
それはメソッド同士の対決ではなく、個人の対決だ。
僕の指はタイパー並みのkouyさんやtkenさんに敵わないと思うけど、
新下駄や月光に薙刀式が、
タイプウェルのスコアほど負けているとは思っていない。
薙刀式はこの遅い僕の指の、無駄を最小限にしている。
新下駄や月光を僕がマスターして、はじめて比較の土俵になると思う。
(そして相性がある以上、新下駄や月光を薙刀式ほど練度をあげられる自信がない。
ほんとはやってみたかった)
マクラーレンのセナとフェラーリのプロストでは、
セナが勝った。
しかしマクラーレンが勝ったとは言えない。
マクラーレンがフェラーリより優秀だというならば、
無駄や抵抗がどれだけないのか、
示さないと議論にならない。
使い手に左右されない部分を議論するべきだろう。
セナ足を全員が使えるわけではない。
人類最高速度を出すことに、
僕はなんの興味もない。
人類最高の物語を作ることに僕は興味があり、
その思考の速度に抵抗や無駄を付けたくないだけだ。
qwertyローマ字とJISカナは、
無駄ばかりで抵抗が大きすぎる。
服を着て泳ぐようだ。
僕は、競泳水着を手に入れたいだけだ。
それから速いかどうかは、全部僕の力になるだけだ。
速さとは何か?
タイムではないと僕は思う。
ある程度の指標にはなる。
しかし個人の中での比較に意味はあるが、
他人との比較に意味はなく、
タイム的勝利敗北が、即メソッドの勝利敗北とは、
関係がないと思う。
qwertyが勝った、JISカナが勝った、ではなく、
miriさんとMullerさんのどっちが勝ったか、に過ぎないと僕は思う。
薙刀式は、
物語を書くための競泳水着である。
服を着たまま飛び込んだら、そりゃ溺れてたどり着けないよ。
それでもスイスイ泳げる人もいるだろうがね。
何が無駄や抵抗になるかは、
個人によって異なる可能性が高い。
qwertyで最速を目指せる人はそれでいい。
だが、だからqwertyは全員がやるべきというのは、
間違っている。
ゴールに辿り着くために、
無駄と抵抗を減らすこと。
薙刀式はそういう風に出来ていると思う。
先日2000字(変換後)/10分の領域に手をかけた。
そこで思ったことだ。
僕の思考はそれより速いっぽい。
まだ無駄は減らせないか、継続して考える。
2021年02月08日
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