2021年02月14日

上質な脚本(「真実の行方」評)

緊急事態宣言につき、自分が見てなかった名作を見るシリーズ。
いやあ参った。
これは上質な脚本だ。
ネタバレなしにしばらく書きます。


ファーストシーン
(尺上のファーストシーンは事務所だけど、
実質のファーストシーン)の、
聖歌隊の歌う弁護士パーティーで、
全部セットアップされているのが見事。

司教の冗談の言える人柄、
曲者の主人公弁護士、
大人の関係で洒落た会話のできる美人
(検事で元カノだというのはおいおい分かってくる)。
それをBGMをかけることなく、
聖歌隊でうまく音楽を使う。
そしてその聖歌隊ものちのち事件に絡んでくるわけだ。

ファーストシーンにやった仕草を、
ラスト間際の勝利の時にやる、
ブックエンドテクニックが素晴らしい。

またこのバーで口説きたい、
腹立つのが収まったら考える、
という以前のバーのシーンがあることから、
結論を出さずに想像にお任せしてるところも、
大人の感じだね。

そのあとの牢屋のシーン、ラストシーンがこのストーリーのハイライトだけど、
これはネタバレになるのでここでは言及しない。


この男女の大人の関係をBストーリーにして、
Aストーリーを多重人格や司教のセックスビデオ、
トップクラスが黒幕系など、
スキャンダラスな展開にする組み合わせは、
90年代のフジテレビのドラマを見る感覚に近かった。
おそらくこの映画が元ネタだったんだね。

リチャードギア=キムタク、
ローラリニー=松たか子、
そして曲者の容疑者エドワードノートン
(なんと映画デビュー作!)=ユースケサンタマリア、
ってイメージじゃないかな。

そんな役を彼らに投影したドラマが、
沢山あったような気がする。


脚本的に僕が感心したのは、
「すべての行動に目的、理由がある」
ということだ。

法廷劇ということで、一種の詰将棋のようなもので、
それが面白くて見てられる。
上手なのはそれをAストーリーにしつつ、
インタビュアワーを設定することで、
主人公の内面の吐露をうまくさせたこと。
バーで酔って「真実のために戦う」本音をうまく言わせたことで、
ただの殺人事件のAストーリーではなく、
彼自身の人間のストーリー、Bストーリーが立ち上がってくるのがうまい。

つまり、主人公の悪徳?弁護士に、
我々は感情移入する。

だから、
逆転劇としての、
「法廷で人格交代をさせる」作戦に、
「真実が暴露されてよかったね」となる。

終始リチャードギアは、申し訳なさそうに感情を堪えている芝居をしていた。
プライベートなことを大衆の前に晒す嫌な気分を、
うまく演じていたと思う。


これだけだったら、
「とても抑制の効いたいいシナリオだけど、
秀作止まり」で終わっていただろう。

ネタバレのラストシーンに言及する。

シナリオのうまさが際立っているので、
僕のオススメ映画として是非ご覧ください。






以下ネタバレ。





セリフのやりとりがめちゃくちゃうまい。




「ロイはいなかったんだな」
というどんでん返しに対して、
「あんたがそんなこと言うなんてがっかりさ。
アーロンがいなかったんだ」
とどんでん返し返しをするところが強烈だ。


思わず原語を確認した。

There never was Roy.

...(なんか言ってる)...
There never was ... Allon.

たった4ワードの強い言葉、
そして相手の言葉を使っての対句。

たったこれだけにこの映画の全てが詰まっている。
素晴らしい。
切り返しこそ映画だ、という見事なセリフ劇であった。


いわばこれはバッドエンド映画である。
真実のようなものを信じて、
ひとつの悪を見逃してしまった、
主人公の失敗物語だ。
この苦さがたまらなく良い。

これまでの上質な脚本が、
すべて逆効果だったとひっくり返されたような居心地の悪さ。

ラストシーンは、
まるでバッドエンドのブラックジャックのような終わり方だった。



なかなか他人に伝えづらい、
どんでん返しがあるよという情報。

どんでん返しは映画の華ではあるが、
それ無しでは魅力を語れないため、
現代のマーケティングではなかなか売ることが難しいかも知れないねえ。

賞を与えるのに値する、
流れるようなシナリオワークだった。
posted by おおおかとしひこ at 14:15| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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