2021年03月01日

もしそのキャラとそのキャラが入れ替わってたら?

キャラ入れ替わりの二次創作、海外でもあるのか…
https://mobile.twitter.com/MoldyArtichoke/status/1362830874518183939


前記事の続きだ。

そのシチュエーションに、
そのキャラクター(Be)が放り込まれたら、
どういう風に振る舞い、
何をする(Do)かという妄想だ。

お遊びとしてわかりやすくする為に入れ替えにしてるだけだが、
実戦では二つの入れ替えとは限らない。

三つを入れ替えたり、
もっとシャッフルしたらどうなるか、を考えることもある。
「このシチュエーションを突破する一番面白いキャラは誰?」
「このキャラが突破するのはどんなシチュエーション?」
とお互い側から考えるからね。

ただ、二人を入れ替えると対比的に面白く感じるので、
この例は分かりやすいかなと思った。
カップルを交換するスワッピングは、
昔から話のタネであるわけだし。


やってみると分かるけど、
そのキャラクターらしさは残しながらも、
前のキャラクターがやったことと、
大体似たようなことをしたり言ったりする。

つまり、
「その文脈に置かれたら、
誰もがそのように判断し、行動するだろう」
という、
文脈の強い要請があるということだ。

人間は社会的な生き物だ。
公に見せる顔や規範というものがある。

セイラがシャアのコスプレをするのが楽しいのではなく、
シャアの立場に置かれたら、
つまり士官であり、ザビ家妥当の野望を持つならば、
セイラでも同じような発言や行動をする、
というところが面白いわけだ。
(そしてその微妙な差異も楽しみのひとつ)

シャアがセイラの立場になれば、
つまりジオン再興の野望はなく、
額の傷もなく、いち一般人として暮らしていたサイド7の、
戦艦に乗り込んで生き延びる羽目になり、
通信兵をやらざるを得ない18歳だったら、
セイラと同じ働きをするだろう、
ということが面白いわけだね。


つまり、
「ストーリーはキャラクターによらない」
(味付けは変わるが骨格は同じ)
ということを体感できるという点で、
自分のストーリーで試してみてはどうだろう?


もちろん味付けの違いは重要だ。
焼肉のタレはだいじ。
しかし脚本とは、
味付け以前の骨格を作る行為だからね。
posted by おおおかとしひこ at 00:27| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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