設定だけでストーリーが書けるわけがない

なぜ設定だけでストーリーにならないのだろう？
ストーリーを動かすとはなんだろう？
一回突き放すことで、見えてくるものがある。

以下の「演技性人格障害」の項を例にしようか。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/演技性パーソナリティ障害


ストーリーには自分を書いてはならない。
すべての登場人物は他人である。
だから、あなたが演技性人格障害であろうがなかろうが、
演技性人格障害のキャラクターを描くことは、
原理上出来るはずだ。

もちろん、ミイラ取りがミイラになってはならない。
精神疾患と向き合う者は、
自らがその闇に取り込まれるべきでないので、
適切な距離を取ってそのキャラクターを観察するべきだ。
憑依型の書き手は、以下のエクササイズを避けるべきで、
冷静に観察できる人だけが以下を実践したまえ。
（ニーチェの「深淵を覗く者は、深淵に覗かれていることを覚悟せよ」
は、精神疾患を扱う医師に向けた言葉である）


で、
演技性人格障害というキャラクターがいるとしよう。
仮にジョンだ。
ジョンの性格設定資料書がこれだとする。

これから書ける？
書けないよね。

まず、
どういう喋り方をすればそうなるのか分からない。
テストケースで、
ジョンが誰かの誕生日パーティに出ている、
という設定で、
軽い1分くらいの会話シーンを書くことはできるだろうか？

過剰な性的な誘惑という項から、
ジョンではなく、女性のアンに変えてみよう。
こちらの方がやりやすいかも知れない。

精神疾患ほどではないが、
こうした演技性人格障害の近くにいる人に、
会ったことはあるかもしれない。
過剰に自分に注目を集めたい女なんかが典型かな。
その場合、その人をモデルにするとやりやすい。

こういうこと言いそう、
こういうことやりそう、
ということが書きやすい。
自分ではやらないこういう言い方や世界の見方は、
こうした内部の構造と関係してるのか、
と理解を深めるきっかけにもなるかも知れない。


だがしかし、
これでもストーリーにはならない。
会話の真似事をしてるだけだ。

ストーリーとはなんのことだったっけ。
目的である。

アンに目的がなければ、ストーリーにはならない。
「みんなの注目を浴びたい」は動機でしかない。

仮に彼女はアイドルになる目的があるとする。
プロデューサーや音響エンジニアの集まるパーティで、
彼女はどういう会話をするだろうか？
枕無しで考えると、なかなか難しい会話劇の課題になるだろう。

だが「アイドルを目ざす」という目的のストーリーはあんまり面白くないよね。
「宇宙人の侵略者を倒す」に変えてみよう。

そうすると急に彼女のパーソナリティは、
目的に対してあんまり関係ないことがわかる。

宇宙人と三年戦争をして、
疲弊した皆がせめて誰かの誕生日パーティーはしようぜ、
と集まっている文脈での会話劇ならば、
かなり会話として書けるのではないか。
それでも彼女の癖として、
自分を被害者ぶって注目を集めたいはずだがね。
「大統領が私の胸をいやらしい目で見ていたの」と、
周りの紳士に嘘の告げ口をすることで注目を浴びたりするかもね。


さらに文脈を緊迫させてみよう。

「このパーティに人間に化けた宇宙人が侵入していることを、
アンだけが知っている」
としてみようか。
それが誰かを突き止めることが彼女の目的だとしよう。

そうなると、
もはや彼女の性格設定はほとんど意味をなさない。

彼女が演技性人格障害だろうがおっとりした人であろうが、
「何気ない会話に宇宙人かどうかを試すものを混ぜて、
ピンとくる奴を探す」
ことをするはずである。

つまり、ストーリーには性格設定はほとんど寄与しないことが、
おぼろげながら理解できるはずだ。


もちろん、
性格によって多少のやり方の違いはあるだろう。
性的な誘惑で宇宙人を炙り出す方法があるかも知れないわけでね。

だが、
ある文脈のある目的があるならば、
それをやろうとすることにおいて、
性格設定はほとんど意味がない、
むしろそれを無視できないから邪魔な枷だな、
すらあるわけだ。


設定を書いたがストーリーが出来ない、
と嘆く初心者は、
性格設定など白紙にしてしまえ。
誰でもない男、女でいいのだ。
年齢だけつくっとけ。

重要なのは、文脈と目的である。

演技性人格障害だろうが臆病者だろうが喧嘩っ早かろうが、
宇宙人を炙り出すことをするのだ。


やり方の味付け違いでしかない、
ということを実感してみよう。

もしあなたならどうやって炙り出す？
自分じゃなかなか無理だよね。
だから、「自分でない他人」のキャラクターを動かすのだよ。
自分じゃ無理だが、このキャラなら行けるでしょと。

こうやって、他人の行動を描くのが、
ストーリーをつくっていくことだ。


動機と目的がないと、人は行動しない。
それを遂行が簡単な文脈に放り込むか、
難しい文脈に放り込むかは、
あなたの匙加減である。