2021年04月18日

引き算が難しい理由

人類はなぜ足してしまうのか?
なぜ足した方が満足するのか?
作者も余計に足すし、
チームも余計に足す。

それは脳の機能のせいかも知れない。

減らした方がいいのに:引き算による変化を考えるのに苦労する理由
https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/highlights/107274?utm_source=Twitter&utm_medium=Social&utm_campaign=NatureJapan


余計な新キャラを加えてしまう。
余計な過去話があり、長い。
いらない新設定を作ってしまう。
無言ならかっこいいのに、わざわざ説明してしまう。
スパッと終わればいいものを、ダラダラと引き伸ばす。
ここで切ればいいのに、を超えてまだシーンやセリフが続く。
より強力な一発にせず、技あり三発四発でなんとかしようとする。
○○編とか足しちゃう。

こうしたことは、
すべて「足した方が改良になる」
と脳がアプリオリに判断している可能性がある。

あるいは、

ここにこれを加えた方がいいんじゃないかとアドバイスする。
注意書きを加えてクレームが来ないようにして下さいと発注して、
スタイリッシュなものを台無しにする。
あれも言いたいが、これも言いたいので両方とも発注する。
他のパターンも見てみたいと言う。

業務改善なのに工程が増えている。
(チェックする側の負担しか減らず、全体としては手間が増えている)

などの、集団行動においてもそれは発生する。
これも、
「足した方が改良になる」
と脳がアプリオリに判断している可能性がある。


プロフェッショナルならば、
「引いた方が良くなる」くらいは知っている。


キャラを限定することで、濃く、深く、色彩豊かに描ける。
過去話は想像が膨らむ程度にぼかす。
設定は使うものに限って、他はないものとする。
無言が効果的な場面へと集約して行く。
ここで暗転することで、鮮烈なラストにする。
出来事の終わりではなく、意味の確定やターニングポイントでシーンを切る。
小技を利かすのではなく、強いひとつの何かをつくる。
○○編は妄想でとどめておく。

ここを削ると残ったここが目立つぞ、とアドバイスする。
スタイリッシュなものを生かしながら、クレームが来ないものへ変更する。
言いたいことをひとつに絞ることで、
表現をぶら下げやすくする。
他のパターンは頭の中で想像して事前に潰しておき、
たったひとつの冴えたやり方しか採用しない。

全体の工程が今より減り、動線の複雑さが解消される業務改善をする。


ぱっと考えただけで、
「引く」方が難しいとわかるだろう。
だからなのである。

人は安きに流れる。
仕事した気になって、本当には機能していないものを、
仕事したと勘違いするのだ。

プロフェッショナルならば、
引く方に頭とエネルギーを使うのだ。


ABCからCを除いてABになれば、それはクオリティが下がったことになる。
だからABCDとしてみて、良くなったと思うか、
あるいは、
「最初のABCだけで良かった」と判断してしまう。

そうではなく、
ABCを超えるXにするのである。ここに頭を使うのだ。

ABCからABCDにした方が簡単だから、
ものごとはカオスに飲み込まれて行く。

エントロピーを増やす方が簡単で、
減らす方は困難なのだ。


足す方向に議論を向かわせる奴は、
プロフェッショナルではない。
素人である。
要するに部屋を散らかしているだけなのだ。
片付けは誰がやってると思ってんだ。

クリエイトとは、出すことではなく、
引くことでより良くすることだ。


膨れ上がるオリンピックの予算は、
どこにもプロフェッショナルがいないってことだ。
ああなってはいけないのだよ。
posted by おおおかとしひこ at 01:55| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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