2021年05月18日

深みに連れて行けるか

お話の醍醐味は、ここにあると思う。


ぱっと見て分かることは、Twitter140字でも行けるだろう。
逆に何年もかけてやるような深い趣味のことは、
それだけの時間が必要だ。

よくできた話は、
たかが二時間程度で、
何年もかけないと分からないような、
とても深い面白さに、
素人の人を連れて行けるか、
だと僕は考えている。

ビリヤードのナインボールを題材にした、
「ハスラー」(2ではなくモノクロの1のほう)
をよく僕は例にあげる。

この映画では、ビリヤードのルールを教えてくれるのではない。
本当にビリヤードを始める人には、
ルールや道具から教えなければならないが、
映画はそうではない。

ビリヤードを何年もやった人でしか分からない、
「賭けの本質」について描かれるのである。

それは実は全ての勝負ギャンブルにおいて良くある、
「最初は負けたふりをして、
エキサイトするふりで賭け金を釣り上げる。
もうひと勝負してくれ、勝たないと気が済まない。
だから賭け金をこれまでの十倍にしよう。
それでどうだ?と持ちかけ、
本気を出して全額持っていく」
というやり方のことである。

これを負けたふり作戦と呼ぶことにしよう。


ビリヤードの深さとは、
クッションボールでもジャンプボールでもなく、
一通り技術が煮詰まったあとの上級者同士では、
心理戦なのである、
という深みに、観客を連れていくのだ。

もちろん他の勝負ごとのギャンブルでも出来るかも知れない。
ビリヤードはネタに過ぎない。

ビリヤードをやればやるほど、
ビリヤード特有の深みに行くのではなく、
最後は人間対人間の、深みに行くのである、
という深みに、
観客を連れて行くのだ。

だから面白いし、
ビリヤードを知らない人でも楽しめる、
という、二重の面白さが「ハスラー」にはある。

負けたふり作戦という1ネタで、
最初から最後まで見事に通すこの映画は、
「知らない深みへ、
どうやって観客を連れて行くか」
ということの教科書だと言って良い。


説明されて分からないことを、深みだと言ってもわからない。
簡単な説明でわかってしまう本質を、
どう抽出するか、
ということに尽きると思う。

そしてそれが、世界の成り立ちや、人間の深みなどの、
「誰でも分かる深み」の話になっているのが、
理想ということである。


つまりは、ビリヤードはモチーフにすぎず、
テーマは「負けたふり作戦に人はひっかかる」という話だ。
そして、いかにこの作戦がバレないようにするかが、
この映画のエキサイティングな部分になってくるわけだ。

だからこの映画を紹介するとき、
「ビリヤードを題材にしたギャンブラーたちの映画」
とするのは大きな間違いで、
「人を騙すスリリングさを、賭けビリヤードで描く映画」
と紹介しなければならない。

前者だと関係ない人はスルーだが、
後者だと人間の深い部分と関係していることがわかるからである。

(そして殆どの映画紹介では前者になる。あほかっちゅう話や)



ビリヤードと騙すことについてはあくまで例だ。

どの話でもこれは成立する。


140字で話せるような浅い話ではなく、
何年もかけた末にわかった深い話に、
二時間でどう案内できるか?
という話なのである。

その深さが深いほど、
そして誰でもそこへ連れて行けるものであるほど、
あなたの話は優秀である。

つまりは地獄めぐりのガイドのようなものだ。

ガイドは全部わかっていて、
構造も原理も、世界との距離もわかったうえで、
初めてそこに来た人に、
地獄の奥底まで理解させて、
「地獄深いな」と言わせなければならないのだ。


あなたはあなたの描く世界の、
最大のガイドであるべきである。

説明が必要なら時に熱弁しなくてはならないし、
飽きられないように興味を誘導しなければならない。
(たとえば謎やどんでん返しで)

話という料理を食べ終えたときに、
「深いわこれ」となるような、
世界の深さを全員に提供できなければならないのだ。


そのためには、
1. そもそも深いこと
2. それが誰にでもわかるようにガイドすること
3. その深みが面白いこと
が揃っていなければならないだろう。

それが面白ければ「はまる」わけで、
そのはまるものを沼という。

あなたはあなたの描く世界の沼に、
上手に引き摺り込んで、
しかも満足させなければならない。

「ハスラー」を見たら、
どこかで負けたふり作戦を使いたくなるものだ。
なかなかうまくいかないから、
やっぱ人生は深いな、と思うものである。

物語とはつまり、
人生のどこの深みの話なんだ?
ということなのだ。
posted by おおおかとしひこ at 02:37| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。