2021年05月19日

アンタゴニストは、あなただ

主人公を自分(作者)と同一視してはいけない。
それは僕が時折触れる、シナリオの鉄則だ。
主人公を他人と思えるからこそ、
「自分じゃ無理だがその人には出来る」突破法を思いつける。

じゃあその対立者、アンタゴニスト(敵、またはライバル)は?
僕は、そちらこそが自分(作者)で良いのではないか、
と最近考えている。


敵というのは、
初期には強大な力を持ち、主人公を圧倒しているものだ。

もし作者が全能感を感じたいのなら、
最強主人公ではなく、
圧倒的な力を持つ敵にこそ、
同一視をして快感を得るべきでは?

そして敵と主人公の違いはただひとつだ。

敵は許せない方法を使う。
主人公は許せない方法は使わない。

その紙一重で、大きく差が決まるのだ。


つまり、敵とは、
「あなたの影の部分」だ。

あなたは強大な力を使いたい。
(主人公がチートするのは御都合主義)
あなたにはルールを破り何をしてでも勝ちを得たい時がある。
(主人公がそれをやればアンチヒーローにしかならない)
そして敵は、おそらくそれゆえに破れることになる。


主人公の勝利によって、
主人公の持つ主張や価値が意味がある、
となるのがストーリーの結論である。

その逆で、
敵の持つ価値観や主張が破れることで、
それは否定されて、その逆が肯定されることになる。

つまり、
敵の持つ主張とは、
「あなたの影の部分で、
あなたが間違っていると思う自分自身の心で、
そして闇に葬り去りたい価値観」
であるべきだと僕は考える。


それを架空のストーリー上で闇に葬るから、
カタルシスがあるのだと僕は思う。


そして、
主人公の感情移入と同様、
敵の持つ価値観は、
「なるほど誰にでもある悪い心だな」
と、普遍性を持つことが大事だ。

観客が、
「今俺は敵の立場にはいないが、
たしかにこの立場になれば、
俺もこうした黒い心を解放するかもしれない。
いや、羨ましい」
と思えば、それは敵への感情移入である。

そしてそれがストーリー上で葬られることで、
観客の黒い心は成仏するわけである。

だから、
敵は、悪の限りを尽くすべきだ。

そのことによって、悪を疑似体験して、
その黒い心を成仏させるためである。


その感情移入を得るためには、
あなた自身の闇の心と、
普遍的な闇の心の共通点を探す必要がある。


そしてさらに、
よくできた話というのは、
主人公の価値観と、
敵の価値観は、真逆の構造をしている。


あなたが葬り去りたい闇の心はなんだろう?
それと対極的な価値観はなんだろう?

その両極端を考えると、
主人公と敵の軸ができるかもしれない。

つまり、主人公または敵の、
どちらかは逆算でつくられるかもだね。
posted by おおおかとしひこ at 00:32| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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